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仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/04/05(Thu) 05:46 No.54891 [返信]

眼 路 霞 む 手 前 に 山 の 散 り 桜


山 桜 訪 ね て 杣 に 分 け 入 り ぬ


涸 れ 沢 の 巌 を 下 る 花 筏

仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/03/31(Sat) 08:46 No.54887 [返信]

春 荒 止 み 涸 れ 沢 落 つ る 滝 黒 し


白 壁 に 春 日 の 照 り て 時 止 め る


春 雲 の 湧 き た る 境 碧 深 し

仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/03/28(Wed) 20:51 No.54885 [返信]

山 に 居 て 里 の 桜 の 散 り 終 わ る


般 若 こ そ 味 噌 と 少 し の 摘 菜 か な


里 桜 散 り た る 後 に 山 降 り る

 哲学     春間 則廣  2018/03/23(Fri) 10:39 No.54879 [返信]


見えないモノを 見る必要はないから
見えない

必要がない モノ は あっても ある必要がない
あると知るなら
そこにイクバクかの 必要があるが
その必要を知るのは 人の思いようによる

見えると
見えたこと を
 知ることができるようになる

みないと 見えない
無くて見えないのと 違いがない


ここは わたしが 哲学 という 主題で 立てているから
こういう 煩瑣な 考察が起きる


細かいことは どうでもよければ
考察する要もない

自分の考察に  とどまるなら
新たなもの( 自分と異質 な 考察 )に
 考察を及ぼす理屈がない

「 己事究明 」 とは
囲いの 外が 囲われてある
  ということを知ること

> ワシには見えん

と 断定の前提で
見えぬモノ が 見えるようになる こと はない

これくらいで
十分だから
口をつぐむ

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春間菩薩   KIM 2018/03/24(Sat) 08:50 No.54879

見えないもの、それに言及するとき、それは見えている。

ブッダは見えないものに言及しない。サーヴァッティは楽しいなぁ、と言うだけである。

ただし、説教や習慣として言及する時は別である。

菩薩は見えないものに言及して、衆生に知らしめる。

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 ヒーマにカマケテ ヒーナ 論  を 展開    春間 則廣  2018/03/23(Fri) 08:36 No.54878 [返信]


> どうして忙しいのかよくわかりませんが、

そうして
忙しさに埋もれる

どうして  という 問いは
どうしてるの ?

>少しの暇もありません。

埋もれている のが  暇 です
埋めている  者 が 暇を 埋める

どんな小さな暇であっても
そこに瞑想がありさえすれば
宇宙は 瞑想によって 広がっていき
自己に収まっていく(収束する)と分かる

暇に任せて
ないない  と 言うんじゃ  ナイ
( 言ってるくらいだから 言ってることは本当に ナイ )

> 日記も書かぬまま、また1年が過ぎそう。。

一日のごとし

日記が欲しいのではない
欲しいことを 
欲するままに していて欲しい

していることから 窺い知る
その欲しよう

仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/03/22(Thu) 00:33 No.54874 [返信]

座 禅 し て 心 澄 み た る 春 嵐


自 ら を 決 め ず に 生 る 花 桜


花 散 る や 仰 ぎ て 己 が 身 を 投 げ る

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Re: 仏陀の道の端で  管理人エム 2018/03/22(Thu) 22:44 No.54874


>花 散 る や 仰 ぎ て 己 が 身 を 投 げ る

もう花が散るんですね。
春は、余韻に浸る暇もない。

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Re: 仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/03/23(Fri) 00:13 No.54874

エム先生、こんばんは。

札幌はまだ雪も融けず、春も始まっているかいないか分からない感じでしょうか。
先生は忙しくて春の余韻にひたる暇もないようです。
私も論争に疲れたので俳句以外は論理学教室に移動しました。
先生のパーリ文典訳を参照して、新たな論考も始めてます。

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Re: 仏陀の道の端で  管理人エム 2018/03/23(Fri) 08:00 No.54874

札幌は、インフルエンザが花盛りです。
雪もまだ道路脇には山のようですが、さすがに幹線道路は乾いて、車も走りやすくなりました。

『十二門論』の続きの論文は、大谷大学の紀要に寄稿したので、もう少ししたら出ると思います。

出たら、また、ここでも読めるようにアップしたいと思います。

どうして忙しいのかよくわかりませんが、少しの暇もありません。
日記も書かぬまま、また1年が過ぎそう。。

おかげさまで、俳句で四季を感じています。

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Re: 仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/03/24(Sat) 05:48 No.54874

エム先生、おはようございます

有り難うございます。
十二門論研究(二)楽しみにしております。
論理学教室に新たな詩「二柱の黒い龍(ナーガ)は、如来の不在を証していたのだった、」をアップしました。
これまでの続きで如来の死後を問う内容で、先生のパーリ訳文にインスパイアされたものとなっています。
「十二支縁起の原典解明」の続きも鋭意作成中で、
詩作と理論がうまく平行すればいいと思っています。
「論理学教室」は腰を据えて取り組めるから、気に入っています。



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仏陀の道の端で  spinobuddhist 2018/03/17(Sat) 04:58 No.54870 [返信]

春 な れ ど 鶯 声 さ え 所 有 せ ず


春 雲 の 湧 き た る 境 定 ま ら ず

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