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あなたの勝手は わたしを許さない     春間 則廣  2019/11/19(Tue) 14:54 No.55707 [返信]


わたしに 価値を見出さず、
 関わることを 無駄だと考えるのなら、
あなた に 、 遠離 することが 起きます

わたしには
あなたが 魅力的だから
わたしは あなたに 付きまといます

あなたは 道義・倫理 を 持ち出すでしょうが

思想信教 は 憲法で保障されています

わたしは、 
あなたの 「 私信 」 に 入りこんでいるわけではありません

WWW の 書き込みに 触れているだけです

あなたが 禁止することが出来るサイト  であれば、
あなたは 書き込みを拒否できます

拒否は 管理人エム 様 の 元にあります
わたしはそれに乗じて、
お気に入りの 魅力あるあなたに 関わります

それは、 道義上・マナー上 そのどちらにも 触れてはいないのです

わたしは、あなたを 誹謗中傷しているのではなく
そうしているのは、 
あなた が わたしに投げかけていることだと 分かりませんか ?


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Re: あなたの勝手は わたしを許さない    ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 16:09 No.55707

あなたのネット上での振る舞いを見ていて
あなたが人に『行ない』を説いていることには大きな違和感があります。
まずは、自らの『行ない』を正してから、人に説教するものです。

このお気楽ボードでも
最新の10のトピのうち、あなたが立てたものは、9つです。

この掲示板の主催者は石飛先生です。
あなたは参加者の一人にしか過ぎません。
ひとりの人が我が物顔にこのようにトピを乱立させるやり方や、どんな人にも否定して回るやり方は、掲示板から人を遠ざけてしまいます。

このように自分のトピを乱立させるのが本当に慈悲の心から出ていると思っていますか?
自らの自己顕示欲、承認欲求がそこに存在しないか見たことはありますか?

あなたは、すべての原始仏典・大乗仏典を何度も精読してきたと自身で言っていました。
それであれば、トピのテーマにどんどん参加して情報を提供し共有すれば本当に有益な場になると思いますよ。
それを期待しますし、そうなれば尊敬するでしょう。

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Re: あなたの勝手は わたしを許さない     春間 則廣  2019/11/19(Tue) 17:59 No.55707


あなたの 尊敬  は 不要です

しかし、あなたからの わたしへの批判 は 不要ではありません

あなたは 萎縮せず
平気で 書き込んでいる のではないのですか

あなたが、
自分が正しい 

と 

思っているのが、 分かりませんか ?

あなたが思うように、 他が思うのが
あなたには、 気に食わない

もし、 わたしの書き込みが、
管理人エム 様 が 不適当だと 思えば、
書き込みに反論し、
反論すべき、 書き込みを、書き込まなくなるように
するでしょう

あるいは、 わたしが 離れるでしょう

いずれにしても、
あなたに価値判断が起きる
その仕組みで
わたしにも 価値判断が起きるのです

「 あなたのくだらない書き込みを 止めなさい 」
「   もっと よく考えて 書き込みなさい  」


わたしが言えば、
あなたは そのようにしますか ?

わが身に引き当てる
 ということを
勝手に解釈してはいけません

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 10:06 No.55701 [返信]


>  私は、私が保持するものが『仏教』だとは全く思ってもいません。

だったら、 「 仏教 」 という言葉を 捨てなければ
 『仏教』 ではない という時の 『 』  内の “仏教” とは  何ですか ?

アプリオリ に そこを規定できますか ?

あやふやで、 規定できもしないモノを  求めて
( 求めるモノの 実体もないのに )
更には、規定できない 出発点から、
 どのように   探求 する 旅に出る  のですか ?

>  私はただたんに、今までの仏教理解をいったん白紙にして歴史上の仏陀が本当は何を言いたかったのかを探求しているだけです。これは何度も言ってきましたし、今でもそうです。

歴史上 ということに、 管理人エム 様 は 疑問を投げかけています
さらには、
仏陀  とは  どういう存在ですか ?

存在 という モノ  は  あなたが 認識するモノで、 あなたの認識にしか 存在しません
( あなたの認識外 に 存在しようとも 、 あなたには認識できない )

存在は あなた自身の中に( あなたの世界として ) 存在するモノです
存在 は  あなたに ある( 認識主体とおなじところに ある)  のです

仏陀 を 知らないから、 仏陀( の行いとしての言) を 求めるのですが
行ないとしてとしての言  は あなたに(あなたの認識の出発点に)は 存在してはいないのです

求めるモノ が 分かりもしなくて、 何を どこから どのようにして 求めますか ?


“求める術がない” と 言っているのではありません

今のあなたの 対処 では 無理 が ある ( 非論理的である ) と言っているのです

何もないモノを 何もないモノとして 認めなさい
( 意味のないことを、 意味のないこととして 認めなさい )
→  意味のないことに、意味を認めるということです
→  あなたが 無意味で 害さえある とすることを 受け入れるということです

受け入れる という いみを 知りなさい

あなたが、 受け入れられないこと は
 あなたの意味で 判断しているに過ぎないと知る事です

あなたの知る 正しい 仏陀 の 意味は 何ですか ?

正しい意味を知らなければ、 正しくないことを判断できません

あなたの 正しくないという判断 を 捨てなさい


殆ど 捨てても、 誤ったことが、毫釐 もあれば
「 毫釐も差有れば 天地懸に隔たる 」 ということが 起きます
これは、 「 信心銘」 にある言葉で、
“ 歴史上 ” の 道元が残し、
 国宝 に指定されている、“歴史上の” 「 普勧坐禅儀 」 に 引用されている言葉です

仏陀 は ゴータマ・シッダータ として 歴史上に 存在しますが
また グドン・釈迦牟尼     として 歴史上に 存在していますが

あなたの認識上には 存在してはいない

存在しているのなら 
あなた自身 という 確固 たるものが 
あなたに於いて 証拠としなさい  →  わたしが証拠です  と  宣言しなさい

こういうことを 理解できなければなりません


理解するに値する 価値があるかどうかを
   あなたが決めるから 
あなたは 仏陀 から 離れていくのです

仏陀 は 人を量る 量りを もっていません
それは、 あなたが 持っているモノです



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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 11:08 No.55701

面倒くさい人ですね。
あなたが勝手にまるごと消去したトピックには石飛先生と私のやり取りがありそれは私にとっても重要な投稿でした。
前にも私の投稿ごとあなたに全部消されたことがあり、なんか投稿するのが虚しく馬鹿馬鹿しくなってきました。

あなたもこのまま投稿が途絶えるとかまってもらえないということでまたけしかけるようなスレを立てましたね。あなたの自我の動きがよく出ています。結局、かまってちゃんなのですね。
あなたが自分の過去ログを見なさいと言ったので、初めて見てみました。
ixtlanという人のあなたという人物に対する見方を読んで笑ってしまいました。私と全く同じ考えでした。
ixtlanという人は私は知りません。私はヤフー掲示板ではずっと株式板だけに投稿していて、他のカテゴリーを見ることはなかったので。東哲板に投稿したのはここ最近1年と何カ月間だけのことでしたし、東哲板でも自分の立てたスレッドにしか投稿してなかったので、 ixtlanという人は全く知りませんでした。
あなたの投稿を言葉遊びに過ぎないと言っていました。私も全く同じ意見です。言葉遊びを10年20年毎日重ねても、あなたの精神は何も変わりません。誰もあなたに惹きつけられません。



あなたは仏教の基本的な歴史も知らないようですが、歴史上の仏陀の肉声を聞いた直弟子たち500人が仏陀が本当に言ったことを間違いがないように確かめ合ったのです。
そうしてくれたおかげで、歴史上の仏陀の言った言葉が今に至るまで伝わってきているのです。
現代では文献学が非常に発達していて、原始仏典でもどれが古層で仏陀の肉声に近いかどうかもわかるようになりました。
いま、歴史上はじめて、仏陀の肉声に近づける時が来たのですから、それをもとに仏陀が本当に言ったことを探求して何が悪いのでしょう。


そのような歴史上の仏陀が言ったことを否定して、自分の認識した仏陀だけが本物だというのは、麻原やあなたの考えです。非常に危険です。

もし、あなたの考えが、古層の仏典が説くところと矛盾しているのであれば、それはそれで矛盾していると認めなければいけません。

私は、古層の仏典にあるから正しい、ないから間違い、と言っているのではありません。
歴史上の仏陀が言っていることと違うか、違わないか、だけを言っています。

あなたがどのような仏教理解をしようが勝手です。
私には何の興味もありません。

ただ、あなたは会話の中に横からいきなり割り込んできて否定して回るようなことばかりしています。
クォークさんが『四念処について教えてください』
と言って来られたので
私が『歴史上の仏陀が涅槃に至る一乗道と言ったくらいなので四念処は重要だと思います』
と返事したところに、いきなり
『歴史上の仏陀など存在しません』と言ってきたのです。

あなたは自分の自我、自分が構築してきた知識を否定されることを怖れているだけです。あるいは不快に思っているだけです。

自分の心の中に根深く巣食っているどろどろした自我を見つめたほうがいいですよ。

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 11:36 No.55701

> 歴史上の仏陀が言っていることと違うか、違わないか、だけを言っています。

違わないことを、 あなたが知っていれば
あなたは 仏陀 です

あなたは、 仏陀と 同じことを知るから

違う・同じ  を 知ります

わたしには、ブッダに意見する言葉はない

馬の耳に念仏  ではなく
釈迦に説法

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 11:54 No.55701


>  ixtlanという人は全く知りませんでした。
>  あなたの投稿を言葉遊びに過ぎないと言っていました。
> 私も全く同じ意見です。言葉遊びを10年20年毎日重ねても、あなたの精神は何も変わりません。

***********
[No.16957] Re: ブッダは、不平等を行うなと言った 投稿者:管理人エム 投稿日:2019/09/17(Tue) 22:46:55
> イストラン君 は 殆ど 常駐でしたね

ixtlanさまか、なつかしいですね。
もはや書き込んでもらえないと思うと、ほんと、寂しいですね。

頑強な実在論をもっていた人だったですね。

> 体は 蝕まれていたけれど(?)
> 心は 元気いっぱいでした

確かに、論が強靱だったなあ。

「もし身体(色)が自己であったならば、この身体がこの色が、病のために壊れることもないだろう」という、無我相経のことばに、さかんに反論していたのを思い出します。
***********

他人と同じであるということが、 あなたの正当性を 立証できますか ?

ジャンヌダルクは 正式裁判で 火あぶりにされ、
周りを取り囲む人たちは、 炎に 見入りました
ジャンヌダルクは カソリック では バチカン で 聖者として 並んでいますが
彼女は イギリス人を殺すことを 煽った 人です
防衛の名の下であれば、 人殺しは 正当化できますか ?

> 誰もあなたに惹きつけられません。

他のだれかが、 惹きつけられようと
あなたではありません
あなたが あなたの個人認識として、
惹きつけられてはいない  と 判断するだけです

わたしに言わせれば、
ヒキツケラレテ いる   から 執拗に 糾弾するわけです

わたしが、 あなたに 引き付けられている  ということが  「 縁起 」 しています

あなたに  “ ひきつける 魅力がある ”  ということです

“魅力”  という言葉には  “ 鬼 ” が 住んでいます
“ 鬼 ” + “ 未 ”  で  +  “ 力 ”   が  “ 魅力 ”  です

魅力がないのなら  わたしから  離れなさい

わたしは あなたに魅入られるから
あなたに付きまといますが、
それは  わたしの 日本国憲法に許されている “ 自由 ” です

あなたが 倫理上の自由を 持ち出すなら
あなたの倫理を 再検討しなさい

あなたに許されることを、 わたしに許さないことは
あなたの倫理では 正しいこととなります

わたしに付きまとうのは もうやめにしなさい


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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 14:19 No.55701


>  あなたは仏教の基本的な歴史も知らないようですが、 <

あなたが知っていることぐらいは
知っているとした方が 賢明です

> 歴史上の仏陀の肉声を聞いた直弟子たち500人が仏陀が本当に言ったことを間違いがないように確かめ合ったのです。

あなたが、 確かめたのではなく、
あなたは 確かめられたことを あなたなりに 解釈しているだけです

> そうしてくれたおかげで、歴史上の仏陀の言った言葉が今に至るまで伝わってきているのです。

言葉が伝わっているのではありません
仏陀 の 行ないが、 行ないとして( 言葉として ) 残っているのです
何が残っているかは、
行ないの裏付けがない限り、 知られることはありません

もっとも、 “ どのような解釈でも 知るということに違いはない ” という
行ないを軽視する “ 解釈” に  あれば
“そのような解釈” に基づく 行ない によって、
 それが、 釈迦牟尼の 行ないと “解釈され” ます

> 現代では文献学が非常に発達していて、原始仏典でもどれが古層で仏陀の肉声に近いかどうかもわかるようになりました。

行ないを そこから 写し取りなさい
いくら 文言的に かけ離れようと、
牟尼の行いと “ 同じ ” であれば、 そこに 釈迦牟尼 が 生きています

>  いま、歴史上はじめて、仏陀の肉声に近づける時が来たのですから、それをもとに仏陀が本当に言ったことを探求して何が悪いのでしょう。

聞くだけで、 行ないと為すことがないのが
あなたです
どうしてそれが断言できるのかということは、
あなたに 自省 が 見られないからです


> そのような歴史上の仏陀が言ったことを否定して、自分の認識した仏陀だけが本物だというのは、麻原やあなたの考えです。非常に危険です。

言ったこと( あなたの聞きようによる、 語られたこと )を 問題とせず
( 自らの聞きようを起こす )自らの行い を 問題とする  と よいでしょう

>  もし、あなたの考えが、古層の仏典が説くところと矛盾しているのであれば、それはそれで矛盾していると認めなければいけません。

説くところとは 「 空 」 なる 文言 ではありません

実を伴う 修行である 行ないです


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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 14:44 No.55701

>わたしに付きまとうのは もうやめにしなさい


これ、笑うところですか?


あなたが私とクォークさんのスレにいきなり入ってきたのですよ。
あなたはどんな質問に対しても正面からきちんと答えることをせずにごまかしや論点ずらしや言葉遊びで逃げてしまうので、私は関わりたくないのです。

ですから、私もお願いします。
『私につきまとうのはやめなさい。』

他の人に相手にしてもらってください。



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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 15:04 No.55701

> 他の人に相手にしてもらってください。

これが、 わたしに対する 願い事  であるのなら

もう少し 考えて 文章を作りなさい
今までの文章は
誹謗中傷 に 満ちています
( それは 事実だから 誹謗中傷 には 当たりませんか ?)


他人に 見つめ直せと言うより、
自らが 見つめ直せば  自体( 景色 )は変わります


そう見えるモノが 事実であり、 わたしの実体  である

とするなら、

“ 事実や実体 は ない ”
ということが
仏教であると知ってください

あなたは先に、「 自分が正しいとは思ってはいない 」 ということは、
大前提で、 当たり前のことである と言っています

どこに 当たって、
どこを前としていますか ?

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 15:40 No.55701

>“ 事実や実体 は ない ”
  ということが
  仏教であると知ってください


そうであれば、誹謗中傷する『人』もなく、誹謗中傷される『人』もないはずではないですか?


『討つ人も討たるる人も もろともに 如露亦如電応作如是観 』
ではないですか?

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 16:36 No.55701

>  そうであれば、

あなたが 言ううところの
そうである のは  「 出世間 」  の 話です

あなたの 住む処( 住処 ) は  「 世間 」  です

あなたは  「 世間 」  に 於いての、 「 世間 諦 」   を 求めているのですか ?
   それとも
実体 ではなく、  「 出世間 」  の  「 集諦 」 を 求めるのですか ?

それによって、 「 諦 」 は まるで違うことを 示します

アミターバー は  量ること を しないのです


実体 が あれば、 善悪があり
善なること( 五劫の思惟 ) を 妨げる悪があります

それゆえ、 誓願 は 悪によって 遮られることとなります

> 誹謗中傷する『人』もなく、誹謗中傷される『人』もないはずではないですか?

「 真理 」 に 於いては ( 牟尼 には )  善悪は起きない 
善悪は  商量の世界(  「 世間 」 ) に 起きるのです

往生 は  「 出世間 」  におき 
 「 出世間 」  が あると言えども  「 世間 」  は そこには  「 縁起 」 しないのです

こういうことは  「 縁起 」 を 知る者に 分かることです

「 善人 なおもて 往生をとぐ  いわんや 悪人をや 」 
ということに どう解決を見つけますか ?  


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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 20:22 No.55701

>あなたは  「 世間 」  に 於いての、 「 世間 諦 」   を 求めているのですか ?
   それとも 実体 ではなく、  「 出世間 」  の    「 集諦 」 を 求めるのですか ?


出世間の集諦って何ですか?真諦または勝義諦のことですか。
いずれにしても、私はそのような分け方はしません。
世間と出世間に分ける必要があるのですか?


>それによって、 「 諦 」 は まるで違うことを 示します

仏陀の説く諦は、四諦ですね。
仏陀が、世間の真理と出世間の真理が違うと言ったのですか?


>往生 は  「 出世間 」  におき 
 「 出世間 」  が あると言えども  「 世間 」  は そこには  「 縁起 」 しないのです
 こういうことは 「 縁起 」 を 知る者に 分かることです


仏陀の説く縁起はそのようなことではありません。
それは、あなたが削除したトピに詳しく書いたことですが、また書くと長くなりますのでやめときます。


>「 善人 なおもて 往生をとぐ  いわんや 悪人をや 」 
ということに どう解決を見つけますか ?


その言葉は法然が言った言葉ですね。源信あたりから口伝としてあった言葉かも知れませんが。
その言葉に対する、法然の解釈と親鸞の解釈は違うかも知れませんね。あなたはどう解釈するのですか?




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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 20:39 No.55701


あなたには
してよいことと、 してはいけないことがある
わたしにもある しかし
あなたとは 少し趣が違うけれど 、、、、

仏国土 に於いては、 してはいけないことはない
しなければならないこともない

仏世界 は  「 無量 」  なのです

良い・悪い  を 料簡 と言います
( 料を量り 「 見取 」 を 取ることです )

仏 は  「 無量 」  ですから アミターバー あるいは アミターユス と されます

 「 世間 」 二は「 量 」 が、あります
あることについての、 「 諦 」 があります
「 出世間 」 には 「 諦 」 はないと思いますか ?

 「 出世間 」  には 「 諦 」 は ありませんが、
 「 世間 」 が起きる時、  「 出世間 」  が 縁起します

 「 世間 」 に 「 量 」 はあるけれど、
“ 縁起する ”  「 出世間 」  では  「 無量 」  です

あなたには 今は、 分からないことです

>「 善人 なおもて 往生をとぐ  いわんや 悪人をや 」 
ということに どう解決を見つけますか ?

解決をつけれない  ということだと分かりました
あなたに解決がないのに、
わたしに解決が あろうはずはない

こういうことも、 あなたには 言葉の遊び と 聞こえます


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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 21:05 No.55701

>>「 善人 なおもて 往生をとぐ  いわんや 悪人をや 」   ということに どう解決を見つけますか ?
>解決をつけれない  ということだと分かりました
>あなたに解決がないのに、
>わたしに解決が あろうはずはない
>こういうことも、 あなたには 言葉の遊び と 聞こえます


あなたが、『善人なおもて往生をとぐ いわんや 悪人をや』
という言葉を出してきました。
ですから、この言葉について、あなたの解釈なり意見を聞いています。
あなたは何についても自分の意見を言わないので、それが不思議なのです。
あなたが具体的にどういう考え方を為ているのか、明かしてはもらえませんか?
自分の解釈を一切言わず、他人の解釈にけちをつけていくだけでは、参加者はだんだんいなくなりますよ。

あなたの、『善人なおもて往生をとぐ いわんや 悪人をや』の解釈を聞かせてください。

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 21:28 No.55701


あなたが 善人であるということです


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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 21:47 No.55701

>あなたが 善人であるということです


?@あなたは善人ですか?悪人ですか?
?A私のことを何も知らないのに、なぜ私が善人だと断言するのですか?
?Bそもそも、あなたの解釈では、善人とはどういう人で、悪人とはどういう人ですか?

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/19(Tue) 22:02 No.55701

私は、浄土門に関してはほとんどしりませんので教えてほしいのです。

親鸞は『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや』の言葉に付き
善人とは、ひとえに他力をたのむ心欠けたる自力作善の人
悪人とは、 他力をたのみたてまつる悪人
と定義しています。

それでは、神も仏もあるものかと考え犯罪など悪いことばかりしている悪人、つまり、他力を全くたのむ心のない悪人、は、善人なのでしょうか、それとも悪人であって往生の正因なのでしょうか?

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 22:41 No.55701


>  自分の解釈を一切言わず、

わたしには わたしの解釈 は ありません
敢えて言うなら、 これが わたしの解釈 です

どういう意味かは、   “ あなたが解釈することです ” 

したくなければ、 しなければよいのではないのですか ?

自分の解釈を 見出したければ、
自分で考えてください
それが あなたの ( わたしの )解釈 を知る事です

何を言っているのか分からなければ、
解釈は 止っています

>  他人の解釈にけちをつけていくだけでは、参加者はだんだんいなくなりますよ。

これが、 わたしに対する  あなたの解釈です(  “ あなたが解釈することです ”  )
ケチをつけているのは 誰ですか ?

ケチ という解釈に どういう解釈をつければよいのでしょう

ケチ ですか ?


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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/19(Tue) 23:31 No.55701


>  他人の解釈にけちをつけていくだけ

そういう解釈で (私を) 解釈するのなら
それ以上 けち を 求める  必要がありますか ?

求めても得られるのは  けちをつけること  だけです

あなたに けちをつけているのではなく
あなたに けちをつけていくだけ と 解釈されているだけです


答えを求めるのであれば、
自力 で 求めなさい

他力を求めるのではなく
他力に ナム するのです

否定するために、 否定することを求めて どうしますか ?

否定される者 が あなたに何を 応えることが出来るでしょうか ?


あなたが出した 解釈が あなたの持する 真実です
けちをつける者 の 解釈など 不要です



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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』   ショーシャンク 2019/11/20(Wed) 06:37 No.55701

本当に不思議なのは、あなたはどんな質問にも答えず、自分の考えを決して明かさないということです。

あなたの掲示板での行ないは、遠くから石を投げているように見えます。
自分は安全な場所に隠れて、傷つくことがないようにしてから、石を投げて悦に入っているように思えます。

私は自分の考えをさらけ出していますし、あなたの質問にも答えてきました。
しかし、あなたは何一つ質問に答えようとしません。

あなたはさかんに、親鸞、道元、イエス・キリストの言葉を書き込みます。
どういう意味でその言葉を引用したのか、それを聞くことは理解する一歩になります。
親鸞・道元・キリストの誰でもいいですが、あなたの考えを聞かせてくれませんか?

石飛先生もあなたに次のようにおっしゃっています。
『私が、どう言うかではなく、ショーシャンクさまには、「どう答えるか」ということだと思います。尋ねているのですから、答えられるところを出し惜しみせず答えて、何故いけないのか、という風に思います。当然、話せば疑問も出されるでしょうけど、そこで、どういう風に異なっているのかよくわかるし、(もし誤解しているなら)説明をどう誤解されたかもわかってくるでしょう。』『ショーシャンクさまがどう思っているのかは、すべて手の内を明かされていますから、その思考のパターンにはないものを、述べた方が、ショーシャンクさまにも、私たちにも有益だと思うのです。』
『春間さまはどう思っているのだろう、ということを知りたいのだと思います。
私なら、嬉々として、あーだのこーだのしゃべっちゃうところですが。多くの人も、それを望んで待っているのだと思います。
ショーシャンクさまがわからなかったのだと、春間さまが思うところは、違うやり方で答えることは必要ではないかと思います。』


私も、どうしてあなたは自分の考えを出し惜しみしているのだろうと訝しいのです。

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Re: 55654・55666 『歴史上の仏陀など存在しません』    春間 則廣  2019/11/20(Wed) 20:05 No.55701


Re: No.55616(十二縁起)のお返事に一言二言 投稿者:管理人エム 投稿日:2019/11/15(Fri) 13:30 No.55652

> 春間さまがマニカナに誘われたのは、ショーシャンクさまを優秀な方だと思われたからでしょう?

愚鈍 とは 思いませんが、 優秀 だとは 思いもしませんでした

今日 昼食を一緒した 一人は、
ミシガン大学 の マーケティング の 修士   です
彼は 幼稚園から 立教 ですが、 優秀です 

上座部 と 大乗との 違いを 電話で 1時間ほど 話しただけで、 理解しました
妹 は サントリーの オーナー の 佐治氏 の 嫁です

わたしにとって、 優秀 とは 彼のように 正しい理解を持つ人 です

もう一人、 私の友人も 席に居ました
彼は 英国の ロスチャイルド本家 の 当代に招かれ
ロスチャイルド家 の 後継ぎと 彼の後継ぎと 共に
ヨーロッパ の 10日間 の 旅行に 招待されたのです
日本一の キャリアー の 一つです
彼も 優秀です

わたしは、 あなたを 優秀 と 認めます
( 優劣 は 「 慢 」 だと 釈迦牟尼は  Su.799 において  説きます )



> 突き抜けようとされているところが、わたしには見えますが、そこを突き破るには、誰かの「一突き」がいるのかな、と思うわけです。

突き抜ける 手助け ( あと一押し = あと一突き )  を  しているのです
わたしに、、 わたしがある     のであれば、
わたしのやり方が あります

わたしがないのであれば、 仏陀のやり方があります
あなたは 仏陀 ですか ?


Re: No.55616(十二縁起)のお返事に一言二言 投稿者:管理人エム 投稿日:2019/11/15(Fri) 09:14 No.55647
に対する
Re: No.55616(十二縁起)のお返事に一言二言 投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/11/15(Fri) 12:23 No.55651
以外の お返事

>  『私が、どう言うかではなく、ショーシャンクさまには、「どう答えるか」ということだと思います。尋ねているのですから、答えられるところを出し惜しみせず答えて、何故いけないのか、という風に思います。当然、話せば疑問も出されるでしょうけど、そこで、どういう風に異なっているのかよくわかるし、(もし誤解しているなら)説明をどう誤解されたかもわかってくるでしょう。』『ショーシャンクさまがどう思っているのかは、すべて手の内を明かされていますから、その思考のパターンにはないものを、述べた方が、ショーシャンクさまにも、私たちにも有益だと思うのです。』
『春間さまはどう思っているのだろう、ということを知りたいのだと思います。
私なら、嬉々として、あーだのこーだのしゃべっちゃうところですが。多くの人も、それを望んで待っているのだと思います。
ショーシャンクさまがわからなかったのだと、春間さまが思うところは、違うやり方で答えることは必要ではないかと思います。』 
『誰にでも煩悩がある、ということを考えるとき、自分で煩悩をなくしなさい、と指摘しても、
「ああ、そうですね」と言って煩悩をすぐなくす人は、まあ、いないでしょう。それができるなら、ここにはいない、のですから。』  <
     
ああそうですね と すぐなくす人は ここには いないことにしておきましょう
すぐでなければ、 いるとしませんか ?

どのようにして、 すぐではない  を 待つかは、 
わたしなりの やり方が 許容されているのではありませんか ?



     あなたが どう言うか  が  わたしの 問題です


あなたに 必要なら
ショーシャンク様 を 引き合いに出さずに、
あなたが 望むと 言えばよいでしょう

引き合いに出すからには、( あなたには )それなりの “思惑” があるわけです   
   「 至道無難唯嫌揀択 」  
この言葉を知らずに、
あなたにそれなりの“思惑”がある
    と  “思惑” = 揀択  を 起している と 思われているようですが、
そう思うのは あなたの “ 自由であり 不自由です ” 

あなたの 「 あーだのこーだのしゃべっちゃうところ 」  は 
「 多くの人も、それを望んで待っている  」   ことです
( 多い少ないが  「 縁起 」  だと知ると、 多勢に待たれる 要 はない と 分かります )


わたしに 待つ人は いません ( あなたが 待つのなら、 わたしは 待たぬまで 待ちます )


『ショーシャンクさまがどう思っているのかは、すべて手の内を明かされています』
ということは、 わたしの読むところでは、誤り  ですが、
あなたは そこから すべての手の内を 知ることが出来るわけです

わたしは、 そこから  全てではなくとも、
あなたとは 異なった視点をもって、 違う思惑 を 聞き取ります
 →  手の内を 明かそうとはしない
  →  手の内を 見つめようとははしないから 手の内を見ない

その故に、 語らず という 語り方を 取ります

世間的な 表現をすると 、 ショウーシャンク 様 は “姑息” なのです
( わたしの方こそ が 姑息 だと ショーシャンク様は 忠告をくれます )

あなたは 全て手の内を見せている 正直な人  と 見るわけです
わたしは  自分を隠す人と 見るわけです

あなたは 善人だから 悪を知らない
わたしは 悪人だから 悪を知り尽くしている


目的を決めていて、、 その目的の為の 道具 として  答えを求めている
しかも、 その目的が わたしの “ 願 ” と たがうから
たがわせないように、 語りかけを 工夫しているのです

ショーシャンク様 は わたしの答え を 求めているのではなく
自らにある 答えを 伝えたいだけです

その伝える こと   が、
わたしへの言葉として  
明確に示されています  ( あなたは そうは思わない )
わたしは そう思う    
      →    “  あなたと、 わたしは 対立する立場にある  ”
そういうことも、  “   そこから  ”  わたしに は 、 明確になっています



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 ゼンサクジョ ( ゼン は 善なるか ))   春間 則廣  2019/11/19(Tue) 07:21 No.55700 [返信]

> 間違えて、 トピック を 丸ごと 削除してしまいました

この サイト の 特徴に
 トピ の 番号を 全てに付加することがあります

55695 に 対する投稿は 55696 であっても、 
55695 のトピ に対する投稿であると 二重表記され、
55695 の 55696  は
   [トピック表示]  を 選んだ時にだけ、 表示されます

二画面表示が 出来ないときに、
起こしやすい “ ついうっかり ”  です

“ ついうっかり ” に 意味を与えれば、 

“ ついうっかり ” が 「 空 」  だと 知ることが出来ます

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Re:  ゼンサクジョ ( ゼン は 善なるか ))   春間 則廣  2019/11/19(Tue) 15:21 No.55700


この書き込みの意味は

自分の不注意を 棚に上げて、

管理人エム 様 に

もし直せることであれば、
直してください

と 懇願していることです

聞く耳を 持ちませんか ?

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Re:  ゼンサクジョ ( ゼン は 善なるか ))  管理人エム 2019/11/20(Wed) 04:38 No.55700

>もし直せることであれば、
>直してください

残念ですが、削除されたら、どこにも残っていないようです。

管理人のわりには、ほとんど管理できていないのです。


今では、サーバー上に行くのもややこしい手続きを踏まなければならなくなって、自分でサイト内をいじる事もままなりません。

何となく、「運を天に任せる」という管理方法でやっています。
管理方法とは、いわないか。。

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Re:  ゼンサクジョ ( ゼン は 善なるか ))   春間 則廣  2019/11/20(Wed) 21:25 No.55700

今は、予防の為に、
トピ 全部を、コピーしています

お気楽ボード は 過去ログ も 残留限定があり
お気楽に書き込めない

いっそのこと、
消える安心感を捨てさせるためにも、
凍結閉鎖も 考えたら ?

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 「 一仏一世界 」     春間 則廣  2019/11/18(Mon) 12:05 No.55695 [返信]


間違えて、 トピック を 丸ごと 削除してしまいました
悪しからず


書斎に戻ったので、デスクトップPCで、加筆・ 校訂 します


*******


あなたの 認識上・規定上 では、
わたしが 悟っている と 言っているように、聞こえるだけです

あなたの認識 の仕方  を もってすると、
わたしは 悟っている   と なってしまいます
( あなたは、 わたしに、悟っていない と 分かる  と 
   言っているにも関わらず、  わたしが何故、 悟っていると なる ? )

それは、あなたが 立てる 論理上 です
( わたしは、あなたの裁き方で、語っているだけです )
( あなたは、 悟っていないにもかかわらず、 悟りを 判断する )

  こういうことが、あなたにとっては、理解できない 
( もっとも、管理人 M様でも、 すんなりとはいかないでしょう )

よほど、「 中論頌 」 を 理解・応用出来ないと、
“ 論争せず ”  という こと を   ここで実践している
 ということ が 応用理解 出来ないのです
( すんなりとはいかなくても、 理解できると言っています )

イエス は そこを、
 「 裁くことによって、裁かれる 」 と 説きました


管理人 M 様    ( と、唐突に振りますが、 )

分かりますか ?

( あなたにも、理解できないようならば、記述を 工夫します )
( あなたが 理解できるのであれば、 このままで 行きます )




************


Re:   一人の仏陀に 一つの世界  春間 則廣  2019/11/18(Mon) 11:03 No.55663

出先で、PAD で 作っています
校訂 しにくいので、不足が有ると気づいたら、
書斎に戻ってから、デスクトップPCで、訂正します

それまでに、書き込みがあれば、追加として 付加投稿します

*******


あなたの 認識上・規定上 では、
わたしが 悟っている と 言っているように、聞こえるだけです

あなたの認識を もってすると、
わたしは 悟っていることとなります

それは、あなたが 立てる 論理上 です
( わたしは、あなたの裁き方で、語っているだけです )
( こういうことが、あなたにとっては、理解できない )
( もっとも、管理人 M様でも、 すんなりとはいかないでしょう )

よほど、「 中論頌 」 を 理解・応用出来ないと、
“ 論争せず ” ということ が 応用出来ないのです

イエス は そこを、
 「 裁くことによって、裁かれる 」 と 説きました


管理人 M 様    ( と、唐突に振りますが、 )

分かりますか ?

( あなたにも、理解できないようならば、記述を 工夫します )
( あなたが 理解できるのであれば、 このままで 行きます )


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Re:  「 一仏一世界 」     春間 則廣  2019/11/18(Mon) 18:47 No.55695


過去ログ から  引っ張てきてみました

***********


[No.1345] Re^3: 論点にするべきは 投稿者:管理人エム 投稿日:2006/07/25(Tue) 23:40:03

春間さま

ありがとうございます、いいヒントをいただけて。
どうも相手の言い方にあわせてしまったようですね。というか、三浦先生の書き方が上手なのかも。いや、ちがいますね。おのれが愚かなだけかな。

前にどこかで書いたのですが、ああ、ありました、#1229です。

> 正直なところ、『ブッダ論理学』を書いたとき、西洋論理学を批判する意図はまったくありませんでした。西洋論理学のさまざまな本を読んで、そこに書いてあることをただ述べたのです。時間を表せないとか、真理表の6番目など自ら書いていることですし、形式をもっぱらとするから現実に対応できないことなど、書いてあるとおりに書いて、それに比べて、ブッダ論理学は、全部表現できると、ブッダ論理学の優秀さを訴えるつもりだったんですが…

これは、ブッダの手法でしょう?

>
> > 不動の立場にいる人は、おのれがどこにいるかを知らないのですよ。それしかないから。それを「不動」というのでしょう。だから、批判することに依ってしか、ブッダ論理学の立場を知らしめる手だてはないのです。
>
> 「批判」それは、龍樹の手法でしょう

春間さま
今、一瞬で龍樹の気持ちがよくわかりました。
龍樹も「批判」したことは1回もないのです。
誰も「批判」したことはないのです。

上の1229の文は、率直なわたしの気持ちです。
下の引用文は、相手側の気持ちを解釈に入れて答えたものですね。
みんながそう解釈しても仕方ないのだと思いはじめてるということに気がつきましたよ。お礼いわなきゃ、どうもです。

>
> 不動の立ち場にいる人は、”いつも”此処にいる事を知って、此処にしかいないこと知る人です
> 何処へ行っても、此処です

そうですね。”いつも”此処にいるから、だから、どこにでも行けるんですね。
その「不動」と西洋論理学の人のいる「不動」とはちがいますね。
西洋論理学では、「動かない」から「不動」なのです。どこにも行けないのです。

>  
> 仏陀の一番の(?)手法は、相手の心の中にすでに”しっかりと”存在する”真理”を、覆い隠している”もの”を顕わに、示すことです

それを、ねらってはいるのですけど…。
ちなみに、龍樹のやり方も同じだと思います。


********

なにか、 参考にはなりませんか ?


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Re:  「 一仏一世界 」    管理人エム 2019/11/19(Tue) 05:32 No.55695

春間さま おはようございます。

>間違えて、 トピック を 丸ごと 削除してしまいました
>悪しからず

あ、やっぱり。
確か、投稿してから出かけたのに、どこにもないな、と思ってずいぶんさがしました。

話が見えなくなってしまいましたので、

昨日の寺町めぐりから。

======

札幌には、実は、歓楽街で有名なすすきののあたりにたくさんのお寺があります。
浄土宗の新善光寺、曹洞宗の中央寺、真言宗の新栄寺、豊川稲荷(曹洞宗に属しているみたいです)、真宗の東本願寺(ちょっとすすきのから離れる)

雨風の中、これらのお寺をまわって堪能しました。

昔遊郭のあったところですので、ほとんどのお寺に水子供養の観音菩薩や地蔵菩薩があって、庶民の苦しみを受けとめてきたのだなぁと感慨深かったです。

熱心に拝んでいる人もいました。

最後の東本願寺の本堂の中に黒板があって、

十一月十八日 龍樹菩薩 命日

と書いてありました。え!龍樹菩薩の命日!

そうだったの? 知らなかった。

勉強になりました。

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Re:  「 一仏一世界 」     春間 則廣  2019/11/19(Tue) 06:47 No.55695


花の塔  やら  降誕会 やら 色々 あります

みんな 「 色 」 ですが  →   空即是色 
そこに生きています     →   色即是空
   ( 逆でも 何ら構いません  が   順があるのには 意味があります )
   ( 遠近 が 順に於いて 起きています → 近いものから 順を起こす )
 「 縁起 」  は  「 世間 」  の どこにでも  起きます

遠近 ・ 軽重 は  「 縁起 」 に 起きる


意味というモノは 量るに 尺度 を 用います 
それが 価値観 です

価値があると 思われることに、 “意味” を 与えます

与える 根拠 を 持つことが、 「 量 」 であり、 料見( = 量「見」 ) です

根拠 を 持つ者を “ 洲にある者 ” と 知ります
「 洲 」 と  記述しても、 記述は 「 空 」  です

誰であろうと、
 分からないこと を 照らし出さなければ、 存在を知ることはできません
「 ディーパ 」 が 起されるのです

その 「 燈明 」 を  ケンリョウ=量「見」  に 乗せると、
“ 無明 ” が 「 見取 」 されます
   Su.796
「 人は諸々の見解のうちで勝れているとみなす見解を「最上のも」のであると考えて、
  それよりも他の見解はすべて「つまらないものである」と説く。
                      それ故にかれは諸々の論争を超えることがない。 」


批判 が すべて、 「 見 」 による   ということが分かれば、
「 至道無難唯嫌揀択 」 ということが 沁みてきます


菩薩 は 世間に起きます
菩薩 が 「 見 」 しなければ、   「 世間 」 から 出てしまいます
 「 世間 」 から 出でて  いて   どのように
「  「 出世間 」 」 を 果たせるでしょうか

菩薩 は 役割をもって  「 世間 」 に 起きています
 ( その役割は、 起こす処の  「 世間 」  に 起きる  ということです )

「 法蔵 」 は 「 道 」 に於いて、 「 法蔵 」 です
古城 へ 続く道  は  古城の中まで 続くのか、
古城 に 着くと  失せるのか ?
 ( 既に存在するモノ が 存在 しなくなることは あるのか ? )
「 道 」 は 筏 ではありません

「 法蔵 」 から 「 無量仏 」 までが  「 道 」 であり
「 法蔵 」 は 道( = 「 真理 」 ) です


「  念仏者は無碍の一道  」

   ( 念仏は ひとたびでよいが  旅 は 続いている )

ナマンダブ ナマンダブ


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『歴史上の仏陀など存在しません』  管理人エム 2019/11/15(Fri) 15:44 No.55654 [返信]


『歴史上の仏陀など存在しません』

この一文は、奇妙な感覚をわたしに呼び起こします。
歴史上、ブッダはいてくれないと、仏教という教えがでてくる根拠も見いだせませんので、
『歴史上、覚りに到達したブッダは存在した』と一般には言わねばならないのですが、

こういうとき、「いや、待てよ」と思うのです。

そもそも「歴史上」ということば、「存在した」ということば、これらの根拠は何だろう、と思い始めると、だんだんわからなくなります。

『歴史上の仏陀など存在しません』

この文も意味のないことばではないことを、わたしは知っているからです。

「歴史」なるものが、そもそも疑問符がつくのであれば、これを前提として語ることは潔しとはしません。キリスト暦を採る現在の、この歴史観は、本当なのか、と思うと、軽々しく断定もできません。

さて、何が言いたいか。
わたしが、不思議に思う経典があるのです。『スッタニパータ』第3章にある4「精勤経」という経典です。この経典は、ブッダの覚り直前のさまを描くもので、ナムチの大軍がゴータマに襲いかかって来るのを、ゴータマが迎え撃つ様子が描かれています。ブッダの言葉は、現在形や未来形、願望法などを用いて表現されていくのですが、

終わりになると、悪魔がでてきて敗北宣言をします。

446 「七年間、わたしは一歩一歩ごとに尊者につきまっていた※。しかし、つねに気づいている等覚者には欠点を見つけることはできなかった。」

こう述べるのですが、※印のところは、実は未来形の動詞になっていて、しかも文脈では全体は過去時制という風になっているのです。これについては、もちろん、研究もあって、韻律の加減であるとか、いろいろな説明がされてはいるのですが。

ですが、ここだけではないのです。この経典全体が、いつも現在形を意識しながら、しかし、実際は、覚ったブッダがいるとすれば、これは過去のはなしのはずだと、頭で言いきかせなければならないような書き方になっているのです。覚りは現在進行しているけれど、悪魔は、すでに退散した過去のこと、みたいな何とも言えない奇妙な感じになってくるのです。

自分でも、ここはもっと検討してみるべきだと思っていますが、単に一般常識では、言い表せない内容を含んでいるのではないかと、思われて仕方がありません。

大乗・密教へ行くとますます奇妙な感覚になります。

「歴史的」というのも、一つの思想である、と言えるのかもしれません。ですが、混乱を避けてそこまで言わずに、仏教では、「不可思議」という表現で表すことになるのではないかと思ってもいます。

これは、あまり書きたくはなかったけれど、あえて書いてみました。

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/16(Sat) 02:33 No.55654

石飛先生、こんばんは。

『歴史上の仏陀など存在しません』という言葉は、『四念処観は、歴史上の仏陀が、『涅槃に至る一乗道』と言ったくらいですから、非常に重要なものだと思います。』という私の書き込みに反応して、春間氏が言った言葉です。

私はよく『歴史上の仏陀』という言葉を使います。これは、想像上の仏陀に対比して使っています。

ちょうど、西遊記の三蔵法師のモデルとなった玄奘三蔵について書くとき、『歴史上の三蔵法師』『歴史上の玄奘三蔵』と書くようなものです。
私たちの思い描く三蔵法師は、テレビドラマに登場する、孫悟空をお供に旅をする『想像上の三蔵法師』であり、そのセリフは脚本家が創作したものです。
ですから、玄奘三蔵が本当にしたことを書くときには『歴史上の三蔵法師』というようなものです。

掲示板上で誰かと『歴史上の三蔵法師は大般若経を唐に持ち帰った』と話し合っているときに、横からいきなり『歴史上の三蔵法師など存在しません』と言ってくることに、何の意味があるのか、私にはわかりません。

もし何らかの重要な(また重要などという言葉を使うとそこに突っかかってくるでしょうけど)意味があるのであれば、掲示板上に、自分でスレを立ててその主張をすればいいと思います。

『四念処観は、歴史上の仏陀が、『涅槃に至る一乗道』と言ったくらいですから、非常に重要なものだと思います。』
という言葉は、四念処観がテーマです。
これは四念処観についてクォークさんから質問を受けたレスとして立てたスレです。
そのテーマとは全く関係のない些末な(些末という言葉を使うとまた突っかかってくるでしょうけど)言葉尻を捉えるのではなく、四念処をテーマとして話し合うスレであれば、そのテーマに付き自分の思うところを書き込んでいけば、話し合いも盛り上がるのに、と残念です。


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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  管理人エム 2019/11/16(Sat) 06:37 No.55654

ショーシャンクさま おはようございます。

>『歴史上の仏陀など存在しません』という言葉は、『四念処観は、歴史上の仏陀が、『涅槃に至る一乗道』と言ったくらいですから、非常に重要なものだと思います。』という私の書き込みに反応して、春間氏が言った言葉です。

詳細にご説明いただいて、ありがとうございます。
なるほど、よくわかりました。

>私はよく『歴史上の仏陀』という言葉を使います。これは、想像上の仏陀に対比して使っています。

>ちょうど、西遊記の三蔵法師のモデルとなった玄奘三蔵について書くとき、『歴史上の三蔵法師』『歴史上の玄奘三蔵』と書くようなものです。

ますますわかりやすいです。

>掲示板上で誰かと『歴史上の三蔵法師は大般若経を唐に持ち帰った』と話し合っているときに、横からいきなり『歴史上の三蔵法師など存在しません』と言ってくることに、何の意味があるのか、私にはわかりません。

好意的に採りますと、何か違う価値観から問題を出しているのかな、というところですが、確かに!もっと説明が欲しいです。

私は、仏教そのものの理解の仕方に関わってくるのかと思ってしまいました。

大きく言いますと、「縁起」と「空」という二つの「ものの見方」によって仏教は語られると思います。その時、縁起をもちだして語りますと、確かに『歴史上の仏陀』の呼べるような人物が認められます。
その一方で、「空」という見方を前面に出しますと、時の流れが捨象されて、時に関わらない仏陀の姿も見えてきます。久遠実成の釈迦牟尼とか、『法華経』ででてくるようなものです。

おそらくショーシャンクさまが、『歴史上の仏陀』とあえて言われるのも、こういうことを配慮した結果のことかと思います。今は歴史的見方で語りますよ、ということですね。

ということは、ショーシャンクさまも『歴史的見方を採らない仏陀』というのもお考えだということを暗示しているのでしょうか。

一方、春間さまには何の話をしているか聞いてみたいですね。
私が想像するに、春間さまは大乗の考え方を採っているのかな、というところですが。。

>これは四念処観についてクォークさんから質問を受けたレスとして立てたスレです。

>そのテーマとは全く関係のない些末な(些末という言葉を使うとまた突っかかってくるでしょうけど)言葉尻を捉えるのではなく、四念処をテーマとして話し合うスレであれば、そのテーマに付き自分の思うところを書き込んでいけば、話し合いも盛り上がるのに、と残念です。

テーマ以外にいろいろ言われますと、思考が分断されて、思惟も拡散されますね。おっしゃる通りです。縁起に乗っていない書き方は、話の道筋を切ってしまいます。
わざとなのかもしれないですが、あまり頻発するのは効果的ではありません。

仏陀が、最初に出した「ものの見方」が「縁起」であった、というのは、とても大事だと思います。「空」はその後に出てくる見方です。最初に「空」を出したら、仏陀の言うことは誰も聞かなかったかもしれません。

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』   春間 則廣  2019/11/16(Sat) 07:33 No.55654


納得させることには 意味(価値)を与えません
( 相手に与えることも、 自らに得ることも ) 
納得する( 価値を与える)ことと なるからです

ここを 分からなければなりません
( する と される とが  「 縁起 」 なのです )

このように説明しても、
理解しようとはしない   のが、 ショーシャンク様 です
理解しようと“してみる”  のが、 管理人エム 様 です

理解しないために、 聞く  のと
理解するために   聞く  のと の間には  「 縁起 」 は 成り立ちません

理解しないために、 聞く  の  「 縁起 」  は
理解しないために、 聞かない  だからです

しからば、
理解するために   聞く  の  「 縁起 」  は いかに
理解するために   聞かない  と
理解しないために  聞く     と なります
そうすると
理解しないために、 聞く  の  「 縁起 」  は
理解するために   聞く  とも なります

 「 縁起 」 が 成り立たない のが これでわかるでしょうか ?
( ヒント ですが、 もっと大きな障害を 提起してしまいす )
( 構わず、 置きます )

同一のことが 起きる時 それは  「 縁起 」 ではない
( それが 自他 を 隔てていないからです )
( 自他を隔てれば  「 縁起 」 を 起こします )

( ここで、  “ 如来蔵”   に 行き着かなければなりません )
>   一方、春間さまには何の話をしているか聞いてみたいですね。
>   私が想像するに、春間さまは大乗の考え方を採っているのかな、というところですが。。
( だから、 前後の記述で、 ここに、 如来蔵 を  説明しているのです )
( 順を置いて、 理解すると、 矛盾 = 矛盾の順  が 起きます  )
( 順に縛られると、 理解は  「 永遠 」  に 遠のきます → 理解する要がなくなります )
( 全部読んで、 自由に 組み替えることが できるかどうかです )
( その自由 が  「 空 」 に 支えられることとなります )

ここが 複層 の  「 縁起 」 です 、、、、、 ( ここ とは どこにあるのでしょうか ? )

此岸 を 起こして、 彼岸  が 起きます
顛倒 を 起こすと  菩提  が 起きます  → 「 如来蔵 」 です


理解しない の  「 縁起 」  は  理解する  です
理解しようとする  と(いうこと)は  理解の道にあります
理解 とは 成就 です ( 正理 を 解することです )
理解しない とは 顛倒する  ということで、
「 無明 」に起きる限り、 理解は 智慧 ではなく、 “知” に過ぎません

( “知に過ぎない” ということは、  「 恒常 」 から出ない ということです )
(  「 恒常 」  にある者 を 仏陀 と 呼びます )
( そうすると、 “知に過ぎない”  モノを 持する者 は 仏陀 となります  )    

    ( わたしが、 仏陀 に 説く ことは なくなります )

わたしが語り、 記述することは “ 知 ” に 過ぎないことが 分るでしょうか ?   
   この文章が 複層にあります
(  “知に過ぎない”  と 知る事が  “知に過ぎない”   )
無知の知 を 知れば  無知ではない → 無知  ということが 成り立つ前提がなくなる

ここが、 わたしの  “知に過ぎない”   仏教です


これら を、 歴史が 勝者の為のモノ  と 
如何に  “知に過ぎない”  知で 結びつけるか です   


説いて 分かることではありません
行ないを積み重ねる 修行 が ヴィリヤ( 精進にある ) でなければ
「 修証一如 」  は  起きていても、 知るところとはなりません


あなたが “ 知 ” を 求める限りには
得るモノは “ 知 ” です

行ない=実践 を 求めて それを、 実践することが 「 己事究明 」 です


管理人エム 様
  取り敢えずの “知”  に 乗りましたか ?



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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/17(Sun) 08:16 No.55654

石飛先生、おはようございます。
ご返信、ありがとうございます。

先生のご返信、そして、そのレスとしての春間氏の書き込みを見ても、先生がおっしゃっている『押し寄せる魔の大軍を打ち破って、ブッダは覚りに行きました。誰もが、魔の大軍と戦うのだと思います。敵は、みずからの中にいつもひそんでいるのだろうと思います。』が思い起こされます。

『私は悟った』『私は目覚めている』『私はブッダだ』という人を多く見てきました。
Yahoo掲示板の東哲板にも何人もいました。
その人たちに共通することは、自分の心に潜んでいる魔の大軍に気づいていないということです。
瞬瞬刻刻、激流が押し流そうとしているのに、激流に巻き込まれている自分に気づいていないのです。激流とは何かもわかっている人はいませんでした。

禅で見性した人の中には、『私は悟った』ということで自惚れて見性の体験がかえって強い自我を構成してしまい、仏教を全く知らない人よりも低劣な人格になってしまう人がいるようです。

春間氏の言った
『仏教が分からないと、 “ 破壊する ” ということが 分からないのです 「 ポア 」 とか 「 調伏 」 という意味も 分かりません    「 理趣経 」 には 
たとえ、  すべての有情を殺す( 設害三界一切有情 )
と 説かれる語句  が あるのを  知りませんか ?』
という言葉は、オウム真理教が言ったことと同じです。

その言葉が、慈悲そのものから出ているのか、膨張した強固な自我から出ているのか、春間氏は自分の心を徹底的に洞察していかなくては、『魔の大軍』にやられてしまうと危惧します。

春間氏は、『自分はすべて原始仏典を持っていて何度も精読している。大乗仏典も、』と言っていたのですから、この掲示板でスレのテーマについてその学識を基に意見してもらえば、掲示板自体が盛り上がると思います。それを期待します。

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』   春間 則廣  2019/11/17(Sun) 09:22 No.55654


>    春間氏の言った
>   『仏教が分からないと、 “ 破壊する ” ということが 分からないのです
 「 ポア 」 とか 「 調伏 」 という意味も 分かりません 
   「 理趣経 」 には たとえ、  すべての有情を殺す( 設害三界一切有情 )
と  説かれる語句  が あるのを  知りませんか ?』
という言葉は、オウム真理教が言ったことと同じです。       <

麻原は ここを使って “ ポア ”  を させます
西蔵 の ドルジェタク を 調べれば、 麻原が 剽窃していることが 
何なのか、 分かります

だから、 先に 麻原の説くことが 仏教 であるかを 問うた  のです

あなたが 説こうとすることが 仏教であるかを 問うています

麻原 も あなたも
  自己の保持することが 仏教 である  
という ところ  から 離れることはできません

( これは 仏教ではない  ということは 真実ですか ? )


たとえ、 誰かの説くことを 聞いて 納得したとしても、
それは 「 無明 」 に起きる 「 識 」 に 過ぎません

歴史上の仏陀  ではなく、 眼前に あなたが 血を受ける 仏陀がいて
その ブッダ に  出会っていない 限りにおいて、
あなたは 「 智慧 」 を 得ることはありません
( 得るモノ、 得ているモノ は “ 知 ” に過ぎないのです )

「 智慧 」 とは  日々の行いと共 に あります
シュリハンドク が その行ないにあるから、 ブッダ は 成就を見ます

あなたが 
>   その言葉が、慈悲そのものから出ているのか、
     膨張した強固な自我から出ているのか、
   春間氏は自分の心を徹底的に洞察していかなくては、
     『魔の大軍』にやられてしまうと危惧します。       <
と言うことは、 あなたの問題であり、
あなたの世界に起こされて 起きている 問題です

あなたが 問題を  あなたの世界で解決すれば、
あなたに 問題がなく、 
提起し、 危惧する問題 も なくなります

あなたが、 あなたの世界で、 わたしがどうあるか を
解決すればよいのです

どのような解決であろうと、
   あなたの世界では
わたしは、 あなたの解決に 従っている

( だから、 あなたは 危惧するわけです )


ここが  「 二つの見方 」 で 見られなければならない

Su. 724  〜  765  「 二種の観察 」 岩波文庫 「 ブッダの言葉 」 156p 〜

「  修行僧たちよ。このように二種[の観察法]を正しく観察して、
    怠らず、つとめ励んで、専心している修行僧にとっては、
   二つの果報のうちのいずれか一つの果報が期待され得る。 」


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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  管理人エム 2019/11/17(Sun) 09:37 No.55654

ショーシャンクさま、春間さま
おはようございます。しっかり雪が降って、さすがに冬になりました。

>『私は悟った』『私は目覚めている』『私はブッダだ』という人を多く見てきました。
>その人たちに共通することは、自分の心に潜んでいる魔の大軍に気づいていないということです。

この掲示板にも、そういう方が時折いらっしゃいます。

>禅で見性した人の中には、『私は悟った』ということで自惚れて見性の体験がかえって強い自我を構成してしまい、仏教を全く知らない人よりも低劣な人格になってしまう人がいるようです。

過去の栄光で生きているような方ですね。禅は、修証一如だから「悟った」と過去形では語れないのですが。いつも示し続けていることが必要です。「見」はあるけど「性」(=本質)がないということかもしれません。無常を認めると、「性」をいうためには、絶えず示し続ける必要があります。たいへんです。

実際に自我というのは抜きがたいものです。というのは、自我がものごとの判断基準になってしまっているからです。そのことに気づくのも容易ではありません。最後に襲う「魔の大軍」は、その自我の塊とそこから伸びる無数の微細なひげ根です。

菩薩が「空」を徹底するのは、どれが自我のひげ根かを見分けていくためだと思います。相手の中に、あるいは、自分の中に、「自我」のどんなひげ根でも見逃さないことが必要になります。これを知るのが、一切智だと思います。いや!というほど輪廻しますよね。

>春間氏の言った
>『仏教が分からないと、 “ 破壊する ” ということが 分からないのです 

ここ、どうも、語順が違う気がします。
「“ 破壊する ” ということが 分からないと、仏教が分からない」という方がいい
ように思います。
悟りに行くまでは仏教は分からないのですし、悟ってしまえば、仏教はいらないのですから、「仏教」という言葉も捨てられます。つまり、仏教を“ 破壊する ”ことになり、それで完成するのです。

>春間氏は、『自分はすべて原始仏典を持っていて何度も精読している。大乗仏典も、』と言っていたのですから、この掲示板でスレのテーマについてその学識を基に意見してもらえば、掲示板自体が盛り上がると思います。それを期待します。

他人について語ったら、自らについても同じように語ると、バランスよくなりますし、共感を呼ぶと思います。博識がよく分かると思います。

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/17(Sun) 10:17 No.55654

>あなたが 説こうとすることが 仏教であるかを 問うています
> 自己の保持することが 仏教 である  という ところ  から 離れることはできません


私は、私が保持するものが『仏教』だとは全く思ってもいません。私はただたんに、今までの仏教理解をいったん白紙にして歴史上の仏陀が本当は何を言いたかったのかを探求しているだけです。これは何度も言ってきましたし、今でもそうです。
歴史上の仏陀は仏教の開祖になろうとしたことなどありません。
後世の弟子たちが、仏陀の教えを基に『仏教』なるものを作り上げてきたのです。
私は、弟子たちが作り上げてきた『仏教なるもの』や後世の夾雑物をいったん取り去って、歴史上の仏陀、ゴータマ・シッダッタが本当に言いたかったことを探求しているのです。


>歴史上の仏陀  ではなく、 眼前に あなたが 血を受ける 仏陀がいて
その ブッダ に  出会っていない 限りにおいて、
あなたは 「 智慧 」 を 得ることはありません
( 得るモノ、 得ているモノ は “ 知 ” に過ぎないのです )


それでは、あなたは、眼前に血を受ける仏陀がいてそのブッダに出会っているのですか?それがあなたの幻想や思い込みではなく、『智慧』であるとどうして判断したのか、自分自身を具体的に語ってください。
あなたは、自分のことは何も語らず、他人が言った言葉の端々を、例えば「高い」という言葉を使うと「高い 低い は縁起です」などと言って回るだけで、『だから何なの?』と思うことばかりです。

人に『その ブッダ に  出会っていない 限りにおいて、
あなたは 「 智慧 」 を 得ることはありません』と断言するのであれば、自分自身が出会っているというブッダについて明かさなければ、『ただ自分で勝手にブッダと会って智慧を得たと思い込んでいる人』にしか過ぎません。

『「 智慧 」 とは  日々の行いと共 に あります』
というのであれば、まず自分自身の行いが智慧とともにあるかどうかを示してください。


『あなたが 問題を  あなたの世界で解決すれば、
あなたに 問題がなく、 
提起し、 危惧する問題 も なくなります』
と本当に自分自身が思っているのであれば
あなたがこの掲示板でもヤフー掲示板でも盛んにしてきたように、誰かれなく他人の言説を否定して回ることはなく
あなたの世界だけで解決すればいいだけではないですか。


>ここが  「 二つの見方 」 で 見られなければならない
Su. 724  〜  765  「 二種の観察 」 岩波文庫 「 ブッダの言葉 」 156p 〜
「  修行僧たちよ。このように二種[の観察法]を正しく観察して、怠らず、つとめ励んで、専心している修行僧にとっては、
  二つの果報のうちのいずれか一つの果報が期待され得る。 」



あなたは、仏陀の言葉やイエス・キリストの言葉を極めて恣意的、自分勝手に捻じ曲げています。
全体を見ずに、その言葉だけを切り取って、自分が都合いいように引用しているのです。

この二種の観察法は、四諦、十二縁起の原型ともいえるものです。

『これは苦しみである。これは苦しみの原因である』というのが一つの観察法である。
『これは苦しみの消滅である。これは苦しみの消滅に至る道である。』というのが第二の観察法である。


このように、二種の観察法とは四諦、そしてそれに続いて十二縁起の原型となるものが説かれます。





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Re: No.55664 『歴史上の仏陀など存在しません』   春間 則廣  2019/11/17(Sun) 16:04 No.55654


> >  春間氏は、『自分はすべて原始仏典を持っていて何度も精読している。大乗仏典も、』と言っていたのですから、この掲示板でスレのテーマについてその学識を基に意見してもらえば、掲示板自体が盛り上がると思います。それを期待します。
>    他人について語ったら、自らについても同じように語ると、バランスよくなりますし、共感を呼ぶと思います。博識がよく分かると思います。

   バランス について
バランス とは 支点 が 定まって、 決まるモノです
“ どういう 視点 で 語られているか ” を、 支点 を 据えて  量ります

その 支点 からの バランス ですから 、、、、

わたしの どこが アンバランス ですか ?

わたしは、 他について語っていません
自分ごとに起きる、 他の 視点・支点 を 据えた時の アンバランス を 見つめているだけです

こういうことは、 分かっても、分からなくても  構わないことです
( これが、 “ 小乗 ” です )

小 を 知る   大 の 視点

   共感  について   
共感 など 必要ありません
共感 は 他に起きて    他が起こし、 他が享受するもの だからです
わたしには 一つだけあれば それで十分です
だからと言って、 他が 観ずることを 否定しません

わたしは 否定しているのではなく、問題を提起しているだけです

    博識 について
博識ではありませんが、
わたしより 仏教を知る人に 
( 歴史上 の 存在 を  除いて   →  “歴史上” が 出てきたよ ! )
出会ったことはありません

思い込み ・ 思い上がり  だと 思われようと  何ら構いません
   それが  ( わたしとあなたの )
思い込みと思い上がりの 世界からの 検量 だからです
( あなたに、 思い込みと思い上がり が  “なければ”  それは わたしだけの 検量です )

五分五分 だから  十分 では  ありませんか ?
( それ以外に、 一部の隙もない )

“ある”  ということです


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Re: 55666   『歴史上の仏陀など存在しません』   春間 則廣  2019/11/17(Sun) 16:12 No.55654


>  歴史上の仏陀が本当は何を言いたかったのかを探求しているだけです。

歴史上に ブッダ は 存在しません
ブッダ は  「 永遠 」 に 存在しているという言葉が、 「 経 」 に 残っています
( どこに残ってたのか、を 忘れたから、 あなたが 必要を起こすなら、自分で探してください )

“ 本当は何が言いたかったか ” ということは、 あなたの “ 理解 ” の上にしか存在しません
誰かが、 同じ理解をもとうと、
それは、 他人事です
あなたが、 “ どう理解するか ” が あなたの問題です

あなたが ブッダとなる時( 悟りを得た時 ) あなたが語ることが
「 真理 」  です

それまでは、 自らの保持する 思い や 理解 は
  無明に起きる   顛倒    だと 知ることが 要 です

> それでは、あなたは、眼前に血を受ける仏陀がいてそのブッダに出会っているのですか?それがあなたの幻想や思い込みではなく、『智慧』であるとどうして判断したのか、自分自身を具体的に語ってください

わたしは、 わたしの言葉を 語ったことは 一度もありません
すべて、 教えられて 記憶させられたことを 語っています
( 自力 は 何一つなく、 他力 だけであり、
     この言葉さえ    
  他によって、 語られたことを なぞっているだけです   )

わたしは、 牟尼の言葉を聞いて、 聞いたことを 繰り返す オーム です
( 責任転嫁できる 構造に わたしは住処を持っています )

>   『あなたが 問題を  あなたの世界で解決すれば、
あなたに 問題がなく、 
提起し、 危惧する問題 も なくなります』
と本当に自分自身が思っているのであれば
あなたがこの掲示板でもヤフー掲示板でも盛んにしてきたように、誰かれなく他人の言説を否定して回ることはなく
あなたの世界だけで解決すればいいだけではないですか。   <

わたしの世界で、 あなたが語るから、 わたしは わたしの世界で 語ります

あなたは、 それを、 あなたの世界で 聞く

ここを、 「 一仏一世界 」 と 結び付けなければ、 仏教は 理解できない

>  このように、二種の観察法とは四諦、そしてそれに続いて十二縁起の原型となるものが説かれます。

あのねのね

説かれていることは、 すべて 苦を滅することです
そのために、 種種の アプローチ を しているのです

説かれていることを 中途半端に結論付けてはいけません

結論は 必ず 寂滅 です


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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/17(Sun) 16:57 No.55654

>歴史上に ブッダ は 存在しません
 ブッダ は  「 永遠 」 に 存在しているという言葉が、 「 経 」 に 残っています


歴史上に仏陀が存在したから、弟子たちはその肉声を聞くことができ、われわれはその文献を読むことができるのです。

仏陀が永遠に存在するということと、歴史上の仏陀=ゴータマ・シッダッタが歴史上存在しなかったという話は全く別です。

ごちゃまぜにしているだけですね。

それに、仏陀が永遠だなどと言う言葉は、歴史上の仏陀は言ってません。なにせ、十無記ですから。
第一結集による経典で、仏陀自身が『自分は永遠だ』と言ったことなど絶対にありません。

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/17(Sun) 18:25 No.55654

石飛先生、こんばんは。

>しっかり雪が降って、さすがに冬になりました。

札幌はもう雪ですか。早いですね。
風邪などひかれぬようお気を付けください。




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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/17(Sun) 18:41 No.55654

>わたしは、 わたしの言葉を 語ったことは 一度もありません
すべて、 教えられて 記憶させられたことを 語っています
( 自力 は 何一つなく、 他力 だけであり、この言葉さえ  他によって、 語られたことを なぞっているだけです   )
 わたしは、 牟尼の言葉を聞いて、 聞いたことを 繰り返す  オーム です
( 責任転嫁できる 構造に わたしは住処を持っています )


具体的にはどういうことですか?
『牟尼の言葉を聞いて』というのは具体的にはどういうことでしょう。
本を読んで仏陀の言葉を理解するということであれば、能動ですね。自分の選んだ本の選んだ箇所という自分の選択がありますから。

『すべて、 教えられて』とか
『 他によって、 語られたことを なぞっているだけ』
というのも具体的にはどういうことですか。

ただ、本を読んで感動したことを、仏陀からの啓示だと思っているということでしょうか。

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』   春間 則廣  2019/11/17(Sun) 20:14 No.55654


何の為に聞くのですか ?

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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』  ショーシャンク 2019/11/17(Sun) 22:09 No.55654

>何の為に聞くのですか ?

理由はすでに書いてます。
 ↓↓↓


>歴史上の仏陀  ではなく、 眼前に あなたが 血を受ける  仏陀がいて その ブッダ に  出会っていない 
 限りにおいて、
 あなたは 「 智慧 」 を 得ることはありません
 ( 得るモノ、 得ているモノ は “ 知 ” に過ぎないのです )


それでは、あなたは、眼前に血を受ける仏陀がいてそのブッダに出会っているのですか?それがあなたの幻想や思い込みではなく、『智慧』であるとどうして判断したのか、自分自身を具体的に語ってください。
あなたは、自分のことは何も語らず、他人が言った言葉の端々を、例えば「高い」という言葉を使うと「高い 低い は縁起です」などと言って回るだけで、『だから何なの?』と思うことばかりです。

人に『その ブッダ に  出会っていない 限りにおいて、
あなたは 「 智慧 」 を 得ることはありません』と断言するのであれば、自分自身が出会っているというブッダについて明かさなければ、『ただ自分で勝手にブッダと会って智慧を得たと思い込んでいる人』にしか過ぎません。

『「 智慧 」 とは  日々の行いと共 に あります』
というのであれば、まず自分自身の行いが智慧とともにあるかどうかを示してください


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Re: 『歴史上の仏陀など存在しません』   春間 則廣  2019/11/18(Mon) 06:49 No.55654


*********** 55683
『「 智慧 」 とは  日々の行いと共 に あります』
というのであれば、まず自分自身の行いが智慧とともにあるかどうかを示してください
***********

> 何の為に聞くのですか

何の為に ( 会社で社会で )働く  のですか ?

「 金を得て、 不安なく 生きるため 」

何故、 「不安なく生きるため」 だけで 答えとしないのか
  ということには
その答えには 「 金 が ないと 不安だから 」 が あるから です

「 金 」 とは  “ キン ” のことです
「 金言 」 が 「 金 」 です

こういう 打ち切り型 の 文章で
自らの知 で 知る  ということを 起こさなければなりません

飛躍を 埋めるのは わたしには必要がなく、 あなたに必要なことです
その時、
わたしの方にこそ 必要があるのであれば、 あなたには 必要がないということです
( あなたは、 必要のないことに、 説明を求めるわけです )

誤っていることに対して、 誤った説明を  あなたは 求めているのです

( 正しいことに、 分かりやすい説明を求めているのですか ? )
( そうではないのです )
( 正しいことであれば、 受け入れるだけで 正しいこととして 働きます )

あなたが、 誤りを重ね(させ)るために、 説明を起こしていると 分かりますか ?
( 先の書き込みで、 質問の前提を問うたのは ここです )

正しいことが 必要とされることです
あなたは、 正しいことを 示しさえすればよい

正しいことに 説明は 不要です

“ 誤っているかもしれない ”     ということ を
    ( わたしに、 あなたに、 )  起すために
わたしは 書き込みます



誤ってはいなくて、 正しいのなら
そういう風に 正しいことを保持する者であり
そういう者を 正しき者・ブッダ と 呼びます


そういう 「 住処 」 に於いて、 
自らに 瓦礫 を もたらす者 に 対して、
常不軽菩薩 は 手を合わせます


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  「 機縁 」        春間 則廣  2019/11/15(Fri) 07:16 No.55646 [返信]



「 機縁 」 というモノ は 

音連れてくる モノ   
         音 とは 「 世音 」 です
訪れてくる  モノ
         その場所は、  「 世間 」 です
世間において 出会うモノが 世音 です
世間を離れなければ
世音 から離れられなく、

離れる 場所・住処を持たねば “ 世音 を 観ずる ” ことはできない

自己を 動かぬ住処 とすれば、 他 は 訪れて来る
他 を 不動の地( 金剛 ) とすれば、 自己は そこへ向かっていく
( 古城へ続く道 )

行く と 来る  とは   「 縁起 」 です
出会い は 自他の “ サクブツ ” です
( モノ を 作っていると 五蘊において 有得 する )
( 仏 を 作る・知る と、 智慧において 知る )

わたしが 出向こうと、 あなたが足を進めようと
同じ出会い に 出会う

だったら、 わたしに来させず、
       あなたが  歩む と   善い  が 起きるでしょう
       あなたが歩むことが良い      が 起きるでしょう

( あなたの思う “ 楽 ” を 望んではいけない )
( 美味いモノも 不味いモノ も
  そこに 差別がないのであれば、 不味いモノを 食べるとき 「善・膳」 が 起きる )
   →  “ゼン” を 起こして 四食 を 食する


あなたの所有する世界で
誰が 求めて、 誰が 得る  のですか ?


求める要 が  ないのなら、 持ってこさせる必要はないのです

求める要 が  あるのなら、
求める者 が、 取りに行く
(  求めない者に、 求められてはいないモノ・与えるモノ を 持ってこさせるのが  必要 ですか ? )
( 味わって 不味いとする者に対して、      その状況において
  そのモノが美味だと 言うことは出来る が、
  その状況を 選ぶ・揀択 を 起こしていれば 不味いという味わいはすでに確立している )


自他不二 で  自他が未分 で あるのなら、 

他 は 起きていなくて( 自分の作る世界だけだから ) 自が 起きている ので  あるのなら、

自分でするしかありません

そこ( 自己の世界 )では 「 他力 」 は はねつけられている


「 他力 」 とは 「 本願 」 です

( わたしは 「 本願 」 にはいないから はねつけられる 、、、、 )



 「 抜苦 」     春間 則廣  2019/11/14(Thu) 13:39 No.55643 [返信]


人を傷つけるところを 見て 沈黙するのは
それを 認めることとなります
人を傷つけるところを見て  賛意を口にするのは
それを認めることとなります

傷つける対象が、 人から、 人の作り出すモノ に 変わろうと
同じです

人を傷つけるのを見て
傷つけ方が悪い というのは 傷つけることです
傷つけるのを やめさせようとするのは、 傷つけないためです

言葉で、 身体は 傷つかないが
それを苦にすれば、 心をむしばみ、 心の住処の体をむしばむ

言葉で 愉快になろうと、
元々愉快であれば、 それ以上の愉快 は 起き得ない
もし起きるのであれば、
元の愉快が 愉快ではなかったからです

言葉 は 「 空 」  なのに、
何故に、 人は 言葉によって 傷つくのでしょうか ?

言葉が 苦 を生むのではなく
苦 を 保持するから、 苦にさいなまされるのです


与えられた苦  を 苦しむのではなく
得た 苦     を  苦しむのです


仏教は 何故に 冷酷なモノであろうか 、、、、


「 無明 」 に 起きる



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