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一切  村岡 2016/10/18(Tue) 00:09 No.53836 [返信]

「一切」は、だれかに語られることによって、そこに「恩恵」をもたらしている。
管理人エム様の著書によって、私は一切について安全に学べる。いつかそれを再び語りによって伝える事が出来るようになる。これは大変ありがたいことだと思います。

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Re: 一切  管理人エム 2016/10/18(Tue) 04:08 No.53836

なるほど、そうですか。

わたしの関心も「一切」です。
大乗に惹かれるのも、「一切」ということをはっきりと扱っているからだと、最近自分で了解してきました。

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Re: 一切    春間 則廣  2016/10/18(Tue) 13:25 No.53836


> わたしの関心も「一切」です。

誰でも 一切については 関心がある
どのような局面でも 一切によって支えられている
一切とは
 「縁起」(にある という存在 のあり方)の すべてです


“ここだけ” と 取り出しても
そこに繋がるモノが 手繰り寄せられて
そこだけ に なるが

どこまでで 納得するかは どこに納得を置くかで決まるだけです
商量とは そういうモノで 深浅は縁起にある
深遠なる縁起の法は いつも 浅慮に顕われ出ている
こう言うことが 浅慮の実例です

> 大乗に惹かれるのも、「一切」ということをはっきりと扱っているから
     ここはひとまず置いておきましょう
>最近自分で了解してきました。

了解 しだしてきた のか
了解の後に 歩みを進めてきたのか
まだ 了解できていないのか
     はっきりして欲しいけれど 欲しがるのは煩悩だから 、、、、   
もう一つ ! 自分で  って  自力のこと ?

自分の人生において であろうと それを手繰り寄せると
出てくるものは何ですか ?

浅慮の実例に 答える意味がない 、、、、

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Re: 一切  管理人エム 2016/10/20(Thu) 09:05 No.53836

>了解 しだしてきた のか
>了解の後に 歩みを進めてきたのか
>まだ 了解できていないのか
     はっきりして欲しいけれど 欲しがるのは煩悩だから 、、、、   

「了解できていない」というのは、ないですね。
「了解しだしてきたのか」は、あらためて、了解している、ということで、「了解の後に、歩みを進めてきたのか」は、『『スッタニパータ』と大乗への道』で、一歩前進 GOGO、前へ!

>もう一つ ! 自分で  って  自力のこと ?

あたりきしゃりき、じゃなくて、おたりきしゃりき、かな。

おたりきがおおいのが、あたいりきです。

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Re: 一切  管理人エム 2016/10/20(Thu) 09:25 No.53836

>おたりきがおおいのが、あたいりきです。

自慢じゃないけど、この世で一番信用のおけないものは、わたしの「自力」です。

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Re: 一切    春間 則廣  2016/10/20(Thu) 22:25 No.53836

>> おたりきがおおいのが、あたいりきです。

値 千金  千金帖
空海も 懐素 の 草書を学び
草書においては 日本に並ぶものがない

力も金に 変えることができる
言葉は 力にある

金は力に変えられない

何故かは 考えれば 考えに沿って答えが出てくる
どういう答えかは 答えないことにもある


> 自慢じゃないけど、この世で一番信用のおけないものは、わたしの「自力」です。

お言葉によると
信頼できない

信用できない って 信用おけないことを断言してどうしますか ?
( おけない  ってとこが ミソ かな ? )

おけない信用を 持ち歩く
持って運べば 誰でも 実物を見ることができる
論より証拠

「 自力 」  って  利器 は うまく使えば 「 用 」 をなす
自力が 自分(のもの)だと思うから 使い方を誤る

自分のモノだから 好き勝手に使う

使うのではなく
使うようにつかわれている

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Re: 一切  管理人エム 2016/10/21(Fri) 08:15 No.53836

>信用できない って 信用おけないことを断言してどうしますか ?
>( おけない  ってとこが ミソ かな ? )

そう言われても、そのとおりだから、そう言うしかないです。

自分で考えたことはミスを犯す、ということを、しかし、これは「自力」で知ったのだろうか。。。他力で知ったのだろうか。。。

まあ、いずれにしても、顛倒しやすい自分であることには変わりありません。

一時期、こう考えたことがあります。

自分は、「これこれが正しい」と思うけど、必ずその考えはひっくり返ってしまう。つまり、正しいと思うこととひっくり返ったことをいうと、そちらが本当だということだから、必ずひっくり返して言うといいかもしれないな。。

こう思いましたが、やはり思わないことは言えないので、実行はできませんでしたが。

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Re: 一切    春間 則廣  2016/10/21(Fri) 09:24 No.53836

わたしは 常に 
自分に起きる思考(意識)は正しいとしています

これは そうではないと 教えられています 、、、、


> 自分で考えたことはミスを犯す、ということを、
>  しかし、これは「自力」で知ったのだろうか。他力で知ったのだろうか。。。

教えられて知ったのですが
そう教えられても(このように教えを伝えても)
そうではないとする認識がある限り
そうかもしれないが(そうではない!)という 認識を起こします

無明に起きる  
起きることさえ 無明 だから 「不生」 と 言いたくなる気持ちはわかる

ごまかして、
「 そうではないかもしれない 」  と 完全に知るから 不完全表現を選ぶ

>  まあ、いずれにしても、顛倒しやすい自分であることには変わりありません。

人の認識は  決して顛倒してはいない  
という    構造でしか起きません

顛倒を基盤にできないから
顛倒を 顛倒していないという 基盤において 基盤を顛倒する
( 基盤とは 「平等」 であり 「涅槃」 です )

どのようなことでも  起きること 起こそうとすること 起こさないこと
基盤の上で起きる  ( 上下横中央 Su.1068・1103 )

自分で考えるということ も  教えられて
自分で考えるということ を  知る

> 正しいと思うこととひっくり返ったことをいうと、そちらが本当だということだから、必ずひ
> くり返して言うといいかもしれないな。。

ひっくり返してはいけません
今ある考えが 今の本当です
変えれば 今が 本当となる
いつも本当のところに居るから
いつでも 本当のことを知ることができる

どう知るか を
過去の聖者( 過去仏 ) に 聞いても 仏 は 寡黙

永遠という 今に居る 聖者 から 聞くしかない
それが 弥勒であろうと
出会う時が 今

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Re:   阿含 と アーガマ     春間 則廣  2016/10/15(Sat) 09:01 No.53830 [返信]


> 君が解釈している仏教のことなんだろうね。
  相変わらずとてもマニアックだなぁ。

マニアック である   という根拠は
あなたが  正当であり 
一般的であるということに裏付けられます

百歩譲り、後ろへ下がります
98歩 でも 同じです
マニアックでない  仏教 とは
 どういうモノかを 教えてください



あなたが解釈する仏教は 
わたしの 仏教 とは違う と 違う仏教を語る

Su.  878  http://www.geocities.jp/koogakan/suttanipata.html  のその下を参照してご覧
(世の学者たちは)めいめいの見解に固執して、互いに異なった執見をいだいて争い、(みずから真理への)熟達者であると称して、さまざまに論ずる。──「このように知る人は真理を知っている。これを非難する人はまだ不完全な人である」と。
  に ヒントがあります

まさに わたしがそれに当てはまると  自分を除外する

わたしは これが仏教だと言っているのではなく
あなたの仏教観を そのまま受けて
どういうモノかを 分析しているだけ

あなたが 立派であるとするなら
あなたの立派は そこにある
あなたが 詣でる 対象と するなら
そこに あなたが 詣でる ものがある

あなたにとっての 立派とされるものや と 詣でる と言わなければならぬ
対象 は
桐山を 盟主とする 教団にありそれは
京都花山にある阿含宗の本殿  に 位置している
昔は  と  今 (同じ捉え方を)宣言している

これが正当であり
それは マニアックな 一つの解釈にすぎず
排斥されるべきものである
と  したい 心は 充分に伝わってきて
それに賛同する者を 求めていることも分かります

わたしは 賛同者を求めない
実践にあって それを 見せてくれるものを求める
見せ方には いろいろあるともいえる
ようは  どう受けて どう解釈して
そこから いかに 実相を引出し
それを “文字” に して
理を導くかということです


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412822  n品 s品 2017/03/16(Thu) 13:50 No.53830

新品の財布の
●株式情報はいつでも更新します!
◆品質が良くて、は価格が、実物の写真が低いです!
◆経営方針:品質を重視して、納期も厳守して、第1を使いを信じます!
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 知るということ      春間 則廣  2016/10/12(Wed) 07:36 No.53824 [返信]


> 麻原 には 「 原始仏教講義 」 という 著作があります

管理人エム 様 は 読んだことがありますか ?

ああいうモノがあるにもかかわらず
(巷の いえわゆる 知識人 の中にも)
麻原 を 持ち上げる輩がいたこと
今もいること
それが
阿含宗の 存続理由と重なります

> 桐山 も 少しの著作を残しています

「 仏教の真実の教えを説く 」 という 講義録 のようなものです
自分の 都合の良い解釈
つまり 教団組織に合うように 教えを ねつ造しています

真実を説くのは 桐山 であるという 立場です

知る  知った
そういうことには
よく気を付けて知らなければならないことが 付随します

普通は( 牟尼 以外は )
知らなければならないことを知らずに
知るということを 知った( = 知る )と します

真理 というモノは 
知るモノではなく 教えられるモノです

そこには 得る者の力がありますが
受けるモノがなければ 受ける 力 は 「 用 」 を 為しません

受けるモノは 授けるモノの領域にあります
受けて “自ら” の「用」にしたところで
その  “自ら” は  存在していない 
 ということが 提示されています

得る者の力  ではなく  与える者の 働き(=力) です

百歩譲って (譲ることが適うと譲られて)
命の営みであり その命は 今 “自ら” に ある
とします

命は どのように支えられて 命の 「用」 を 為しますか ?

支えるモノと 支えられるモノ とが 一体となって 命です

どこまでが 自分ですか ?

こういうことが “付随” することです

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Re:  知るということ    管理人エム 2016/10/16(Sun) 08:58 No.53824

>管理人エム 様 は 読んだことがありますか ?

読んだことはありませんが、本の表紙を見たことはあります。
図書館にありました。

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Re:  知るということ      春間 則廣  2016/10/16(Sun) 10:04 No.53824

> 麻原 には 「 原始仏教講義 」 という 著作があります

今 積んである 本を見たら
「 原始仏典講義 一 」 という 題でした

ニ 以降は でていないか、 出していても 手に入らないかの どちらかです

読んで無駄はないとしますが
いかがなもんでしょうか ?

もっとも
わたしの知らないところで
すでに
麻原 に対しての 理論的指摘を 為しているのなら
はなしは 別の階梯となります

いずれにしても
勧めているのですが
拒否するのは あなたの 行為に 如何(イカン)されます

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Re:  知るということ    管理人エム 2016/10/16(Sun) 11:37 No.53824

> 今 積んである 本を見たら
> 「 原始仏典講義 一 」 という 題でした

そうなんですか。
比較的薄い本ですよね。北大図書館の書庫にあったのを見ました。

おそらくは、仏教とヒンドゥー教の思想のチャンポンになっているのじゃないかと、今、想像しています。

ところどころにアートマン(我)が入るような形になっていませんか。

今度、機会があったら読んでみます。

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Re:  知るということ      春間 則廣  2016/10/16(Sun) 18:54 No.53824

> 今度、機会があったら読んでみます。

あるもんじゃなく
ないもんです

何故ないかは
あるまでわからない

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Re:  知るということ      春間 則廣  2016/10/19(Wed) 12:57 No.53824


もっとも 今あるとするならば
あることが分かり
何故あるかが分かる
( ある ということの 意味は不要である )

あるとする意味 は
ある そのものの前では 意味とは ならない

何故ならないかは
意味を知るまで なる由にない

これが 理 由 だとする者は
それを 理 由 とする
( 他の理由は 承認されるまで 排除されている )

ヨシコレデヨシ

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無題  村岡 2016/10/11(Tue) 00:49 No.53815 [返信]

勉強し直します。機会があれば参加させていただきます。春間様、ありがとうございました。

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Re: 無題    春間 則廣  2016/10/11(Tue) 12:56 No.53815


> 勉強し直します。

“直す”  という ことを まず 直さなければ 、、、、

無限訴求
のようになる と 顛倒する

成りません

一回りすると (必ず) 違う局面が生まれ出ています
どのように一回りするかは
勉強では 決して得ることはできません

ヒトマワリ  という 行いを
ヒト の 中で するしかありません
どうやって 廻るかは やってみるしかありません

ダメ元じゃないかい ?

> 機会があれば

機会は  (すでに)ある とも言えますが
作らなければ すでに ないところに居る

作れば あるモノです

もらうモノではなく
たとえ それが 人との関わりのなかで 起きるとしても
受けることは 身に起きます
受けると ある
受けなければ  受けられない

全ての人に あまねく 真理は 提示されています

受け方が 分からないのではなく
受けたくない者は 受けない (受け付けない) 

あるということを 拒否する

だから 世間 は 虚仮 なのです

あるモノ それを 法 という
法が真理で 真理は仏 です

「 世間虚仮 唯仏是真 」

ありがたき 身を すでに受けている

だれでも 受けている

どう ありがたい か は
示しようによって 示される


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Re: 無題    春間 則廣  2016/10/11(Tue) 16:39 No.53815

無限訴求 → 無限遡及

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Re: 無題  村岡 2016/10/11(Tue) 19:53 No.53815

ありがとう ございます

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 テンド ウムキョウ      春間 則廣  2016/10/09(Sun) 08:04 No.53810 [返信]


ムキョウトコロテキナシ

**********


> 「仏教に必ず答えがある」

仏教が(そのまま)答えです

何を “教” と するかは 「経」 にあります

コタエ が ないのが 「世間」 です
「維摩経」 “で”は 「 世間虚仮 唯仏是真 」 と 教えています
( 維摩経 が 仏です )

教える者が仏で 教えられるものは仏です

仏ではないモノが仏となることはありません
悪人が善人になるのではなく
悪人は 悪人のままで 善人であるということです
そういうことを 「法華経」 は 説きます

> 私の中に位置を定めずに置かれている、
> 今では答えのような問いかけのようなものです。

位置のないモノを (認識の)どこに位置付けるのですか ?
置くところが分かっているから、そこに(何のてらいもなく)おく
( てらいなく  などということはないと  てらいなく言える )
定めているのに 定まっていないとする
それが 認識における齟齬であり 無明です
 
“ 何々 のような ”
その   「 答え 」 「 問いかけ 」 とは
何 か を     具体化する
何 を 具体化するのか ?
( そもそも
 “具体化するモノが ある” という 確信は 確かなものですか ? )
百歩譲りましょう 「 答え 」 について 穿ちません が 
「人殺しのようなこと」 は 人殺しと 
どう違い 何故違うとされますか ?

違いというモノは 正しいモノと そうではないというモノとの 対比において
起きてきます

「 平等 」 と 教え が  あっても
不平等 であるという確信を 動かすことができなければ
「 平等 」 は (決して)見出されません

正しいモノを知らず それと どう違いを 置きますか ?
「見りゃわかる」 という 
(見るまでもなくわかる)
「 識 」 が 無明に起きると 「経」 は 教えます

> 経典にみられる出来事や、

どう見るかで、どういう出来事が いつ起きているかが わかります

> 釈尊から始まった2600年にわたる様々な現象は、

古城へ続く道は 釈迦牟尼が見出し 仏が歩むことによって
踏み固められ
いっそう 強固で 堅固なること となり
古城へと続き ます
古城への門も 「 道の中です 」
古城の中も 道に続きます

> 仏陀によって発見された、私たちへ共有が可能なその特異点への、
無始の過去より止まない根源力の到来による繰りひろげのようです。

誰が  何 が   発見しようと
発見されたものが
あなたにあって あるという意味をなします

ないモノを どう 認識に乗せて あると言いますか ?

> 人間が「一切」を語ろうとするとき、そこに生じる、共有されるべきもの。

「言論の自由」 です
桐山も 同じことを言います

  自分には 許“され”て、 他人には許さない
それは 共存できる 認識です
  “自分に許さない” ことを “他人に許す” これは
上と同じの用ですが 
許す “者” の 違いがあります

自分には許すのに 他人には許さない
( そもそも 許されることかどうかを 考えもしない )

「共有されるべきもの」 は 「 顛倒 」 です

それ(無明)がなければ 「経」 は 成り立たない

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Re:  テンド ウムキョウ    村岡 2016/10/10(Mon) 23:14 No.53810

まさに「共有されるべきもの」は「顛倒」の概念だと思います。
それを失ったら仏教の意味が無いと思います。
龍樹がそうされたように、時代に合わせた表意を提案し続けることが好ましいとお考えでしょうか?

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 テンドウ ウム  キョウ  ニ ミル      春間 則廣  2016/10/11(Tue) 00:16 No.53810


> まさに「共有されるべきもの」は「顛倒」の概念だと思います。

顛倒は 
世間において、“されるべき” というまでもなく
されています

そもそも、 その概念があることが 顛倒です

> それを失ったら仏教の意味が無いと思います。

思うのは 言論の自由 の 内です
思うだけなら、自由にすればよい
行いとなると
「 自由 」 は とたんに意味を持ち始める

言論の自由に於いて 意味を云々する

何ですか ?
“仏教の意味” って

あなたの文面上は、 仏教の意味は 「顛倒」の概念  となります

いいんじゃない 「 顛倒 」 などなくても 、、、、

> 龍樹がそうされたように、時代に合わせた表意を提案し続けることが好ましいとお考えでしょうか?

時代に合わせた表意 ?
なんですか それは ?

龍樹が何をしたかを あなたから 示されるとは思いもよりませんでした
しかも それが あなたの 文面上の示すことであるとは 、、、、

時代に合わせる という時の その時代は
釈迦牟尼の おわす時代 と 違う時代ですか ? 

釈迦牟尼は どこに どう 存在していますか ?
「無仏の時」 とは 「真理」のない時 のことを言いますか

釈迦牟尼は 永遠 を説きます
永遠にあるから 永遠を説けるわけです

龍樹 は 誰に “ケイシュ” しますか ?

時代に 稽首 しているのではありません
「 仏 」に 稽首 するのです

誰が どう 誰の行いで 仏に稽首する 行為を示しますか

「 法 」 に  五体を 五体投地 するのです
「 我を知る者は法を知る 法を知る者は我を知る 」
我は 観て そして (み)知る のです

あなたが 桐山に引かれた 理由が 手に取るように見えます


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私にとっての仏教  村岡 2016/10/09(Sun) 06:50 No.53808 [返信]

「仏教に必ず答えがある」というのは、
私の中に位置を定めずに置かれている、
今では答えのような問いかけのようなものです。

経典にみられる出来事や、
釈尊から始まった2600年にわたる様々な現象は、
仏陀によって発見された、私たちへ共有が可能なその特異点への、
無始の過去より止まない根源力の到来による繰りひろげのようです。

人間が「一切」を語ろうとするとき、そこに生じる、共有されるべきもの。

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Re: 私にとっての仏教  管理人エム 2016/10/12(Wed) 06:13 No.53808

> 「仏教に必ず答えがある」というのは、
> 私の中に位置を定めずに置かれている、
> 今では答えのような問いかけのようなものです。

わたしも、そう思っています。
思っている、ではなくて、知っている、という方が正しいかもしれません。

「ブッダは一切を語っている」ので、わたしたちが探すなら、必ず答えは見つかる、と思っています。

> 人間が「一切」を語ろうとするとき、そこに生じる、共有されるべきもの。

お、「一切」をあげてくれましたね。
わたしたち次第ですよね。語ろうとするもしないも。

村岡さまは、大きくいうと、大乗(密教も含む)の人ですね。

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Re: 私にとっての仏教    春間 則廣  2016/10/12(Wed) 14:49 No.53808


> 「ブッダは一切を語っている」ので、

ブッダが語っていても
あなたが(わたしが)行っていなければ(語らなければ)
何の意味もありません

意味というモノは
行動に付随しておきます
行動 を 問われます 、、、、


聞いても 行いにならなければ
聞かせる意味がありません

行いにある ということは
聞いたことではなく
行うことです
聞いたことではなく、行うことです 
( 同じことを繰り返していると思いますか ? )

> わたしたちが探すなら、必ず答えは見つかる、と思っています。

答え を 行う時
行いも 答えも 行いにある者に帰属します
行いにある者が ブッダ で
行わせる者は ブッダ です
どっちがどっちでも 同じブッダ ですが
便宜上 諸仏 と 言い表します

語られている と 語るには
語られているという 実証が必要です

どう 実証していますか ?

実証する 者 が ブッダ で 
実証されていると 顛倒するものを 凡夫 と呼びます
凡夫は常に顛倒にある

顛倒にあると 顛倒して言う
顛倒にない と 「顛倒していない」 という

こっちはどっち ?


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 私が語る 私の似非仏教     春間 則廣   2016/10/07(Fri) 14:19 No.53806 [返信]


わたしは 宗教を
新・旧(伝統的)  では  判断しません

ナザレのイエスは
真理への道を  ユダヤ教に 新しく持ち込みました

空海は
奈良仏教の伝統を
新しき日本仏教として 革新しました

比叡山からは 法然・親鸞 日蓮 道元  覚鑁
革新の 伝燈 なる 血(脈)を 滴り落としています

麻原 には 「 原始仏教講義 」 という 著作があります
桐山 も 少しの著作を残しています

それらから 彼らの 仏教理解の程度を知ることができます

麻原 は 「 学者 」 の 仏教  などという
たわけたことを 口にしています
仏教 と 学者 とは 同じくらいの伝統的 用語です
行者 も 同じです
学者は 学を 仏教として 行ずる

「行」になければ そもそも 「学」 は 成りたたない
「行」 は 仏教において 用語として 確立しました
それまでは(釈迦牟尼が成道するまでは) 「 行 」 は なかったのです

オーム が 仏教であるように
阿含宗 は 仏教である

あなたの 仏教も 同じ仕組みで 仏教である

これが仏教だと言えば 「 これが仏教である 」 と 語られている
語られていること(サンスカーラ) は 如実 ですが
語る内容は 虚実 でしかない

あなたの仏教は あなたの行いに根差している
あなたの行いを除いて 人の生は 知られることはない

自分を見つめる 重要性を
スッタニパータ は 見せています

どうぞ お好きなように 商量してください

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