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[10251] ムニー 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/06/19(Mon) 13:20   [返信]
信仰を邪魔してはいけないのでここいらで退散いたしましょう。

どこか悟った人の少ない信仰者の少ないところ。
克己の人自己探求者の多いところでレス乞食行をしよう。

[10250] Re:[10247] 露の一粒 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/06/19(Mon) 13:02   [返信]
> その人から聞いた話では、ある聖者は眠る前には、いつも海辺のさざ波が
> 立ち現れて来て、いつのまにかそれに包まれて、深い眠りに入るそうですから。

どうなんでしょう。自分で体験しないとなんとも言えないですね。

> 夢精は罪ではないとされていますし、そういうこともあったのではないでしょうか。

すごい疲れているとまばたきしただけでもう朝だったってのがありますよね。夢なんかみない。
で、まったく夢を見てないのに朝起きると「(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-なんじゃこりゃ〜」と
シャワー浴びて下着を洗う羽目になったこともあるので、
一概に夢精だからどうのとはないと思うのですが。
これはルーパの側の事で我に非ずではないかと。
もちろん夢の中で不覚!というのもいっぱいあります^^;;;

大天の五事で気になるのは、下着を他人に洗わせていたこと。
もはやこの時点で阿羅漢の法灯は消滅していたのではないかな〜

[10247] Re:[10246] 露の一粒 投稿者:みどり 投稿日:2017/06/18(Sun) 21:41   [返信]
> 奴隷制が表向き廃止された現代で、宗教は奴隷獲得のツールとして利用されてますね。

ああ、言われればそうですねえ。気が付きませんでした。

> 信者が多数になってくると起こる現象は洋の東西を問わず同じ。

わたしの場合は5〜6人の小さな集まりでした。

> ブッダのサンガの根本分裂は信者の囲い込みの競争が先で
> 教義や戒律の論争はツールだと推測してます。

ああ、そうですか。でも、それはありそうなことですね。

> 阿羅漢は夢精するかどうかってなかなか下衆で面白い。

夢精は罪ではないとされていますし、そういうこともあったのではないでしょうか。
ただ、見る夢が凡夫とは違うのではないかと推測します。

その人から聞いた話では、ある聖者は眠る前には、いつも海辺のさざ波が
立ち現れて来て、いつのまにかそれに包まれて、深い眠りに入るそうですから。

[10246] Re:[10245] 露の一粒 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/06/18(Sun) 18:54   [返信]
> そう言えば、よく冗談めかして「自分は奴隷が欲しい」って言っていた。

奴隷制が表向き廃止された現代で、宗教は奴隷獲得のツールとして利用されてますね。

信者が多数になってくると起こる現象は洋の東西を問わず同じ。

ブッダのサンガの根本分裂は信者の囲い込みの競争が先で
教義や戒律の論争はツールだと推測してます。

阿羅漢は夢精するかどうかってなかなか下衆で面白い。

[10245] Re:[10244] 露の一粒 投稿者:みどり 投稿日:2017/06/17(Sat) 21:25   [返信]
> いや、彼なりの「論理の帰結」って感じかもしれない。
> その論理の中に他者がどう組み込まれていたかだな。

そう言えば、よく冗談めかして「自分は奴隷が欲しい」って言っていた。

[10244] Re:[10241] 露の一粒 投稿者:みどり 投稿日:2017/06/17(Sat) 21:23   [返信]
> 自分の「怒り」は自身のエゴからではなく、正当なる神の「怒り」って
> 言いたかったようだ。

いや、彼なりの「論理の帰結」って感じかもしれない。
その論理の中に他者がどう組み込まれていたかだな。

[10242] いわゆる辟支仏 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/06/17(Sat) 20:34   [返信]
「辟支仏」って本当にニッバーナに達したのでしょうかね?
達さないから消極的自殺を選ぶのではないかもしれないなぁと。

それに対してお釈迦様は対蹠的な存在ですね。
下血されておそらくは大腸の組織が崩壊されるまで生き続けた。

でも、苦の原因が根本的な生存欲だとすると字面からすると
成道したら即死滅するのが論理的帰結じゃないかと

しかし、お釈迦様が限界ギリギリまで生き続けられたのには
深い意味やヒントがあるような。

お釈迦様の肉体の崩壊はあんまり意味はないと思うのだけど
「有余涅槃」「無余涅槃」と特別な意義を与える人たちもいますね。
どうなんですかね。

[10241] 露の一粒 投稿者:みどり 投稿日:2017/06/17(Sat) 19:39   [返信]
「自分と違うものが怒っているっていう感じなのです」
って、よく言っていたなぁ・・・。

自分の「怒り」は自身のエゴからではなく、正当なる神の「怒り」って
言いたかったようだ。

[10239] Re:[10238] 禅那 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/06/17(Sat) 14:59   [返信]
> 一枚一枚に 向いて 剥いて 刻んで( 調 理 して) 食していく

一枚一枚丁寧に観察して剥いていくのが蛙レベルの初歩的瞑想ですね。
苦観とか無常観とか空観はその目的に合ってると思います。

有我と無我の予断は持たないで楽しみにしているのがいいのではないでしょうか?

有我前提だと、全部剥き終わる前にこれがアートマンだ。って早合点しかねない。ちょっと非日常の感覚が現れるとゴールしちゃいますよね。悟った系の人たちに多そう。

無我前提だと、どうせ芯はないのだからと真面目に剥く動機が希薄になりますよね。面倒だから剥くのをやめて微塵切りにしてゴミ箱にぽいとなりかねない。どうせ無自性なんだし。

だからウガーかもしれないしムガーかもしれない
絶妙なバランスがいいのではないかと。

ちなみに蛙は重症なので、キャベツみたいにパリパリ剥けません。
ベットリくっついていて大変。錆みたいになっているのもあります。

[10238] Re:[10236] 禅那 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/06/17(Sat) 08:23   [返信]

> キャベツの葉や玉ねぎの皮を一枚一枚剥いていく楽しみですね。

剥く  ということに 焦点を当てていた

キャベツも 玉ねぎも
食べるところは ガワ  であり
( カワ を 食べないと、いつまでも 身に届かない 、、、、 外側  は 局面です )

一枚一枚に 向いて 剥いて 刻んで( 調 理 して) 食していく
( 「食」す という 意味を 理とせず、 ただ食す と 勘違いすることもできる )
この一連が 現在と向き合うということです

> 中にいることがあるのでむいてから使わないと大変なことに^^;

そういうところに 焦点を当てていたのですね

> どうせ無自性だからと乱暴に微塵切りにしちゃいかんと思うのです。

理  というモノは  乱暴に扱うと 乱暴な 理  が  食される

微塵切りでも  微塵 という 概念で その理を扱う

「無自性」 か どうか 、、、、

「 山川草木悉有 仏性 」 この場合  悉有   に キャベツ等 も 入ります

テイネイ に 扱う時に そのモノの 仏性を 知らず感じる 、、、、


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