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[10111] Re:[10105] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:pocket 投稿日:2017/04/05(Wed) 15:29   [返信]
> > (決まったかな…?)
>
> 決まった! (^_^)v
>
> そして、菩薩は、自分も、また一粒の種ですよね 。
> 何の種?
>
> 一切種智 。


おぉ!

さすがエム先生の方が一枚上手だった(笑

[10108] Re:[10103]  そこに 親鸞がいる   投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/04/04(Tue) 15:44   [返信]

> 決めるのは いつも あなたです

あなたがいる  ということは
そこに     わたし が いる
あなたを認める、あなた自身 が いて、あなたを自分と認める

あなたがいない  わたしはいない
それが 無我です

> あなたがいるから あなたが決めるしかない

あなたが決めたことも、決めてはいない と 決めていること も
あなたが 唯一の 采配者 であるということです

> あなたも、わたしも いなければ
> 決める事、決められたことは ブッダに縁っています

ブッダに 縁っている と わたしもあなたも 決めることはできないけれど
決まっていないことにはなりません

どのように 決まるということが (仕組みとして)あるのかは
仏陀 の 知ることです

どのようにわたしが知っているかは、わたしが決めることではありません
わたしが 知っているといったところで、あなたはそれを認めない
わたしが 知らないといっても、あなたには それを確かめる根拠がない

知らないかどうか さえ 仏陀 が 知ることです

ただ、経典には 知ることが適う道にある とあります
適う道にあるのなら、適うことにつながっていて
どうつながっているかを知らなくとも、そこにつながりがあります
経典を信じる時
わたしは知っていると信じる

経 があり 行にあり 信があるとき 証 がある


[10106] Re:[10103] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/04/02(Sun) 09:52   [返信]

> パーラドバージャ の 姿を借りて あなたに 釈迦牟尼は問いかけます
> 「 何故 あなたは
>    “ わたし(釈迦牟尼) が 認めうるような 耕作を為さないのか ” と問うのか 」

このような問いが聞けるなら、
(信を捨てるべき、)耳ある者、へとなっていくのかもしれないです。

[10105] Re:[10102] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/04/02(Sun) 09:45   [返信]

> 大乗は種を蒔く者でもあったと思うのですね。
> 大乗は実に広大な地域に伝わりましたよね。そこに仏法の種を蒔いた。
> 私たちが「衆生」、「五蘊」、「諸法」など仏教用語を漢訳語で理解し、パーリ仏典を何の文化的摩擦もなく、活用しているのは、大乗が仏法を広げる方便に長けていたから、そんな気もするのです。
>
> ブッダが「田を耕す人」であったように、菩薩は「種を蒔く人」であったのだ…なーんてね…
>
> (決まったかな…?)

決まった! (^_^)v

そして、菩薩は、自分も、また一粒の種ですよね 。
何の種?

一切種智 。

[10103] Re:[10102] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/04/02(Sun) 08:25   [返信]

> > 大乗は、部派という山の裾野を形作っている。

山にある 一つの景色 が 部派です
山 と 裾野と それらの起きている世界が
大乗という乗り物にあります

>  文化的摩擦もなく、活用しているのは、大乗が仏法を広げる方便に長けていたから、そんな気もするのです。

摩擦 ということを どうとらえるかの問題につきます
大乗は 長けている  といっても
あなたに(さえ) 伝わりにくい のに どう広がっているか 、、、、

そこに 起きる わたしへの問いがあります

> ブッダが「田を耕す人」であったように、菩薩は「種を蒔く人」であったのだ…なーんてね…

経集(スッタ・ニパータ)には
そのようには記述されていません

耕す者は 仏陀 と呼ばれる 釈迦牟尼であり ( Sn.524 )
そこへ 種を播くのも 釈迦牟尼 です
さらには 耕したのち 種を播き (収穫を)食すのも 釈迦牟尼です

パーラドバージャ の 姿を借りて あなたに 釈迦牟尼は問いかけます
「 何故 あなたは
   “ わたし(釈迦牟尼) が 認めうるような 耕作を為さないのか ” と問うのか 」

> (決まったかな…?)

決めるのは いつも あなたです
あなたがいるから あなたが決めるしかない
あなたも、わたしも いなければ
決める事、決められたことは ブッダに縁っています

決まっていない  と わたしが言っても
あなたは決まっている理由で それを排除します
決まったね  というとき
あなたは それが 誰の口からであろうと 天にも昇る気分を味わいます
(そういうことも わたしが気付いたことではなく、 Sn.886 あたりで 受けたことです)
( Sn.906 では 称賛 について 述べます  ) 

Sn.452 には感情を害する言葉を発しなさい と あります
それを補強するかの如く 632 には バラモン たる 理由が述べられています
( Sn.867 で 快について 教えられています )
わたしは それらを そのまま 真直ぐ受けて 
縦のモノを横へと 見かえる立場 を 得るのみです



決まっていることがない ということが
決定における 前提なのです


[10102] Re:[10101] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:pocket 投稿日:2017/04/02(Sun) 06:33   [返信]
横レスです。。。

> だから、龍樹が出てきて論法を作るようになったんじゃないかと。
> ダンマやサンガを守るため、論法で荊棘の林をめぐらせた。
> でも、その論法も「空」という仏法でできているので、「争わない」という特徴を持っていた、のです。
>
> 大乗は、部派という山の裾野を形作っている。

大乗は種を蒔く者でもあったと思うのですね。
大乗は実に広大な地域に伝わりましたよね。そこに仏法の種を蒔いた。
私たちが「衆生」、「五蘊」、「諸法」など仏教用語を漢訳語で理解し、パーリ仏典を何の文化的摩擦もなく、活用しているのは、大乗が仏法を広げる方便に長けていたから、そんな気もするのです。

ブッダが「田を耕す人」であったように、菩薩は「種を蒔く人」であったのだ…なーんてね…

(決まったかな…?)

[10101] Re:[10096] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/04/02(Sun) 03:54   [返信]

> 頂に立って、自らの眼で見よってことじゃないですかね?

なるほど、そう来たか。
受け取り方もいろいろに受け取れるところが、ブッダの「教え」という感じがします。

わたしは、これも「教え」にはちがいないんだ、って思いました。


> > 部派も、
>
> 部派は理論武装してる時点で仏弟子じゃないのではないかと。
>
> 論争に沈黙して負けたと思われても別にどうでもいいし、
> お布施してくれる在家信者減っても別にどうでもいいやって。

> そういう人たちはいなかったのかな?

けっこういたんじゃないでしょうか。

だから、龍樹が出てきて論法を作るようになったんじゃないかと。
ダンマやサンガを守るため、論法で荊棘の林をめぐらせた。
でも、その論法も「空」という仏法でできているので、「争わない」という特徴を持っていた、のです。

大乗は、部派という山の裾野を形作っている。

[10096] Re:[10094] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/04/01(Sat) 15:21   [返信]
> 「ブッダによって語られない教え」ですね。

頂に立って、自らの眼で見よってことじゃないですかね?

> 部派も、

部派は理論武装してる時点で仏弟子じゃないのではないかと。

論争に沈黙して負けたと思われても別にどうでもいいし、
お布施してくれる在家信者減っても別にどうでもいいやって。

そういう人たちはいなかったのかな?

[10094] Re:[10093] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/04/01(Sat) 14:21   [返信]

> マールンキヤプッタ尊者は比丘じゃないですかね?

比丘ですね。

> 無記が外道用の教えということはないのではないかと思います。多くがここでひっかかる。

外教徒の教えにもとづいて語った、ブッダの、「ブッダによって語られない教え」ですね。
微妙だ!


> 無記はニッバーナに至るための必要条件で、
> 「つとめはげむこと」の重要な内容の一つではないかと。

うむむ、なるほど、ことば(を消すこと)でわかるか、身体の行いでわかるかの違いかもしれないですね。
無記が、中道、四句分別だと納得できれば、下の疑問は消えてしまうかもしれないです。
>
> 輪廻はあると言葉にすれば、じゃ、何が輪廻するの?
> どう輪廻するの?動物になっちゃうの?
> 過去世はどうだったの?来世はどうなるの?
> 地獄ってどういうとこ?天国は?
> きりがないですよね?

そうですねぇ。
これらの問題をスルーせずにそのまま通過してニッバーナにいくには「空」の切符がいりますねぇ。

部派も、逆観に至ると、空観を得ていくのではないでしょうか。自然とそうなるのか、小空経などによる修行によるのかは、よくわからないですが。
偉大な阿羅漢たちは、みな、完全なる清浄行を、ブッダのように「説く」ことができますから、空に通じています。

[10093] Re:[10086] 仏教とはxxだ。仏教では○○だ。 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/04/01(Sat) 13:39   [返信]
> ここを応用すると、輪廻と解脱の教えが出てきます。マールンキャプッタの場合は、十難無記のような外教徒の教えに対してどういう態度をとるか、ということですよね。

マールンキヤプッタ尊者は比丘じゃないですかね?
無記が外道用の教えということはないのではないかと思います。多くがここでひっかかる。

無記はニッバーナに至るための必要条件で、
「つとめはげむこと」の重要な内容の一つではないかと。

輪廻はあると言葉にすれば、じゃ、何が輪廻するの?
どう輪廻するの?動物になっちゃうの?
過去世はどうだったの?来世はどうなるの?
地獄ってどういうとこ?天国は?
きりがないですよね?

先生も修行者も論理的推論を口にしない。(−人−)ムニー

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