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[10462] Re:[10460] これが あるとき これがある 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/11/16(Thu) 10:59   [返信]
> 「歎異抄」の言葉 を受け止めなさい

ここは、春間さまの言いたいことですね。

> わが心の善くて殺さぬにはあらず、また害せじと思うとも百人千人を殺すこともあるべし」
> (  わがこころに任せて、 善悪 成り立ち を 知るなり  )


わたしは、(  )の中のようには思わないです。
ただ、「わが心の善くて殺さぬにはあらず、また害せじと思うとも百人千人をを殺すこともあるべし」、と書いてある通りにそのまま思います。そうだなあと思っています。
縁起ということが説かれていると読んでいます。善悪は、そのような縁に出合った時には、ぶっ飛んでしまうなと思います。が、しかし、そうなった時に、やっぱり試されるのが(自分の)心だろうと思っています。


> > 何を考えればいいかわからないから、考えていないのです。
>
> 何言ってるのかわからないから 答えようがない
>
> という  あなたの 答えようが  立派な答えです
> 「 伝えたければ 伝わるように 伝えなさい 」 という  “傲慢” な 態度を見ます

「伝えたければ」、ではなくて、「何かをたずねているなら」です。
それが 「 “傲慢” な 態度 」に見えるなら、すみません。
何かたずねられていると思うから、考えようと思うけど、いったい何をたずねているのだろう、ということです。
なんの考えも浮かびません。「浮かべ」と命じているけど、むりやり浮かんだものを書いたら、また、何か言われるな、と思うだけで、さっぱりなんも出ません。

> 「 伝えたければ 伝わるように 伝えなさい 」 という  “傲慢” な 態度を見ます

という言葉に、あらためて、何かたずねているわけでもなかったのかな、とも思います。

それにわたしの答えに反応ないですよね。

わたしが、まだ、自分でマシなことを言っていると思うところは、

『論理哲学論考』の中の一節について、ヴィトゲンシュタインもまた、けっこうブッダ論理を使っているな、ということなのです。
これは、西洋哲学の人々からは、かれらの提示する「論理学」以前の常識のように捉えられている「一種の論理」です。形式論理学だの西洋論理学だの演繹論理学だのという名前で説かれていることがらも、それを提示するためには言語を用いなければなりません。

その用いられている言語は、まだ、主張する「論理」以前の論理になるので、そこは、実はブッダ論理なのです。そういうことを言おうとしていましたが、その点は、何も言われませんでした。

わたしが、言えそうなことは、ここですね。

> あなたの知る ディベート に 分類できてしまう
> ( それは わたしが ディベート という 言葉を使うからではあるが 、、、、 )

その通りですよ。 春間さまが、ディベートという言葉を使いましたっ、と言っとこう。
わたしは、仕方ないから、それに合わせただけです。なんで、ディベートなんていう言葉が、ここ「日本」で出てこなければならないのか、とわたしは思っていることを伝えます。

> わたしは あなたに語るけれども、
> わたしの語る言葉を 自らの事として
> 一番身近で 一番大きな声で 聴いています

どうして、ディベートという言葉を出したんだろう、って、春間さまは自分で思いませんか。わたしは、思っていますが、そのような気持ちが伝わりますか。

> わたしが聞いて わたしがある
> あなたが聞いて  わたしがある
> 聞きよう で  わたし は あるけれど
> わたし  が  わたしではなくなる ことはない
> あなたの聞く わたしが
> わたしそのモノ  だから
> わたしは あなたを通して わたしに接する ( 嫡嫡 と 血脈にある わたしに テキメン する )


なかなか、わかりあえないということかなあ。。。


>    この意味を あなたが あなたを離れて聞く時 あなたに 問が起きる

やっぱり、そういうことだな、って。
ひとりごと風ですが。

[10461] Re:[10459] これが あるとき これがある 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/11/16(Thu) 10:45   [返信]

> > あなたは どの道を 歩んでいるかを 問うています  、、、、
> > 何故 問われなければならないか  を 問うているのです

どの道を歩んでいるかを
何故問われなければならないか

そこが 問い として 
起きて ある ということです

> ブッダになる道です。

あなたが言えば その道は 「 言われた通り 」 の道です

まごうことなく 言ったとおりの道にあるが
何を言っているかは 言ったものに起きる 解釈( “思い” )

思いは 思いによって 容易にその姿を変えるが
その姿は 思いによっては 変わりはしない


言われている  「道理」 の 道ではない  
ということに   気が付きますか

> それは、わたしが答えるためです。

だれでも 自らに 「足下」 という 
答を踏みしめ 一歩の上にあります
ただし
  「 脚下照顧 」 は 聖者に起きる

この答えは
ディベート の “試合” においても 得点化されません
的を外しているからです
( 答は いくら正当でも ダイアログ の中では 脈絡を見出せません )
( こういうことを 「 泥棒にも三分の理 」 とも いいます )

“ディベート” とは 「弁証法」  なのです
大会においては 得点化され 勝ち負け が 下されます

人生に起きる 人の生としての   “ディベート” とは 「弁証法」  なのです


[10460] Re:[10459] これが あるとき これがある 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/11/16(Thu) 08:57   [返信]

「歎異抄」の言葉 を受け止めなさい

しかれども一人にてもかないぬべき業縁なきによりて害せざるなり。
(  業縁ありて害せるなり  )
(  設害 三界 一切有情 ) 
    理趣受持讀誦
      設害三界一切有情   不墮惡趣

わが心の善くて殺さぬにはあらず、また害せじと思うとも百人千人を殺すこともあるべし」
(  わがこころに任せて、 善悪 成り立ち を 知るなり  )

我らが心の善きをば善しと思い、 悪しきことをば悪しと思いて、願の不思議にて助けたまうということを知らざることを、仰せ



ディベート  とは なんですか ?
あなたの知っている ディベート  を している私がいて
あなたが知っている ディベート  を  するつもりがない あなたがいる
( あなたの知らない ディベート  を している私がいて
    あなたがしる  ディベート  の 範疇に入る       )

あなたの知りようは わたしの語ることである

先に書き込んだことは  読まれているけれど、あなたの読み方に起きて
あなたの人生を組み立てる

自らが 何を成しているかは 唯円は 
   ***************
『   聖人の仰せには、
「善悪の二つ、総じてもって存知せざるなり。そのゆえは、如来の御心に善しと思し召すほどに知りとおしたらばこそ、善きを知りたるにてもあらめ、如来の悪しと思し召すほどに知りとおしたらばこそ、悪しさを知りたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」とこそ 』
   ***************
と 語りかける

これは わたしにも当てはまる から
あなたにも当てはまる と 知る ( その知ったことの根拠を私の身に見る )

> 何を考えればいいかわからないから、考えていないのです。

何言ってるのかわからないから 答えようがない

という  あなたの 答えようが  立派な答えです
「 伝えたければ 伝わるように 伝えなさい 」 という  “傲慢” な 態度を見ます

わからないことを 考えるから 分かるようになるのです
分かるように語られていること  など
すでにある 分かったこととの 引き合わせにすぎません

すでにあるものを すでにあるように “如実” に しる

これは あなたに対して起きる “ ディベート ” です

わたしに起きて、 あなたに起きるが
あなたに起きたこと  だけ  が
わたしに起きたこと
( ここに 二律背反が起き 「空」 が 起きていることは理解できますか ? )

わたしの言葉は 「矛」 であり わたしが「楯」 を たてても 突き破ってしまう
そういう事実を あなたに 知らせているのです


あなたにとっては 答えるまでもないことで
あなたの知る ディベート に 分類できてしまう
( それは わたしが ディベート という 言葉を使うからではあるが 、、、、 )


ブッダ の言葉も 人の慣用句で綴られています
その 慣用 を 唯識 では 薫習 と 呼びます


わたしは あなたに語るけれども、
わたしの語る言葉を 自らの事として
一番身近で 一番大きな声で 聴いています

「 自他不二 」 に ここで思い当たるなら
 「遍照混合」 の 意味に 思いが当たり
 対面して
テキテキ  を 知ります

わたしが聞いて わたしがある
あなたが聞いて  わたしがある
聞きよう で  わたし は あるけれど
わたし  が  わたしではなくなる ことはない
あなたの聞く わたしが
わたしそのモノ  だから
わたしは あなたを通して わたしに接する ( 嫡嫡 と 血脈にある わたしに テキメン する )


> >何故 問われなければならないか  を 問うているのです

   この聞きようは あなたの天然から 見て学び取った

>   それは、わたしが答えるためです。

   この意味を あなたが あなたを離れて聞く時 あなたに 問が起きる


[10459] Re:[10457] これが あるとき これがある 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/11/16(Thu) 02:20   [返信]
> 争点を 外さず ずらす  ということは
> ディベート における 大事なテクニックです

わたしとディベートをしているのですか。
わたしは、ディベートをするつもりはありません。

> 考えられたことを  “訊ねて” います
> あわさず 考えない  という 考えであると
> あなたの 上記文からは 読み取れます

何を考えればいいかわからないから、考えていないのです。


> たまたま 古城に続く道に 足を踏み入れて
> 古城に続く道を もう一度踏み固め 堅固なるものにしていく 、、、、、
>
> あなたは どの道を 歩んでいるかを 問うています  、、、、
>
ブッダになる道です。

> 何故 問われなければならないか  を 問うているのです

それは、わたしが答えるためです。

[10458] Re:[10457] これが あるとき これがある 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/11/15(Wed) 09:42   [返信]

> もう一度 読ませる意図を 読み取り
> 読み重ねる 、、、、

KINDLE に pdf で送り 出先でも読めるようにしました

読み重ね
読み重ねる 、、、、

[10457] Re:[10456] これが あるとき これがある 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/11/15(Wed) 08:49   [返信]

> > 「一」については、『大智度論』が語っています。
> > http://manikana.la.coocan.jp/prajna/prajna2.pdf

もう一度 読ませる意図を 読み取り
読み重ねる 、、、、

「大智度論」 は すでに読んで実践しているにもかかわらず 、、、、

> ここまで深いんだなあ

深浅  は 縁起です
深いを言う 浅い読み

>  と思って、龍樹に感心しています。

思い は 思いにすぎず 
容易に 思いの姿を変える
( 軽重 難易 は 縁起にすぎず )

感心  するには  引き当てる 自らの見解が必須です
龍樹に感心しているのではなく
感心できる 自らの根拠に “おもい” を 重きモノとする のみ

>  [10456]

わたしは 大学時代 ディベート を 実践していました
アメリカにおいて起きた技術ですから 英語 で 接しました
朝日EVNINNG NEWS の 後援で ディベート コンテスト があり
それに出場していたのです

争点を 外さず ずらす  ということは
ディベート における 大事なテクニックです

> ということが、どういうことを言いたいのかによって、それに合わせて、考えられることもあるでしょう。

考えられたことを  “訊ねて” います
あわさず 考えない  という 考えであると
あなたの 上記文からは 読み取れます

> 話し手が何を問題にしているのか、そこが問題です。

わたしが話し手で、(わたしも聞き手ではありますが)
あなたの聞き手 としての 聞き方を “尋ね”
わたしの(あなたが起こすわたしの)ありようを 決定します

わたし  というものは 存在せず
あなたにある あなたの解釈が わたしソノモノ です
その わたし  に  接したいと 望んで 書き込んでいます

わたしが何を問題としているかは
 わたしの問題ではなく
あなたの問題 で     あなたが 起こして
初めて起きる      わたしであり、わたしの問題です

いろいろ問題はあるから
その一つを取り上げて 答えてはいられない  という  “ 答 ” 

> 「一」については、『大智度論』が語っています。

龍樹 が どう語っているかは あなたが どう聞いたかで 決まり
それ以外の 語り口はありません

わたしが 語れば わたしの語り口が  あなたに起きる 、、、、


>> >   詳しいことは、他の提婆の
>> >   著作『四百論』や『廣百論』などの検討を待たねば、何も言えないと考えます。

龍樹の オリジナル など 存在しません
存在するとするなら
あなたの オリジナル = あなた が 存在しています

たまたま 古城に続く道に 足を踏み入れて
古城に続く道を もう一度踏み固め 堅固なるものにしていく 、、、、、

あなたは どの道を 歩んでいるかを 問うています  、、、、


何故 問われなければならないか  を 問うているのです



[10456] Re:[10455] これが あるとき これがある 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/11/15(Wed) 04:01   [返信]

> 「一」については、『大智度論』が語っています。
>
> http://manikana.la.coocan.jp/prajna/prajna2.pdf


久しぶりに読んでみて、「一」については核心に触れていると実感しました。

ヴァイシェーシカに似ている『論理哲学論考』、ということを下で述べたのですが、その点でも、『大智度論』の議論は示唆を与えてくれると思います。


ここまで深いんだなあ、と思って、龍樹に感心しています。

[10455] Re:[10454] これが あるとき これがある 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/11/15(Wed) 03:36   [返信]
>
> 1+1 は 1+1 です
>
> 1+1 を 2 とするとき
> 1+1 は 2 です
>
> 一つのまるい饅頭と
> 一つのまるい饅頭を 合わせると
> 一つのまるい饅頭が 一つづつ 合わせられています
>
> 二つの 一つの饅頭が 一つになっています
>
> この事って、 「ブッダの論理 」 では 
> どうあらわされますか ?

> 二つの 一つの饅頭が 一つになっています

ということが、どういうことを言いたいのかによって、それに合わせて、考えられることもあるでしょう。

話し手が何を問題にしているのか、そこが問題です。

また、特に何かを意図しているのでなければ、
「一」については、『大智度論』が語っています。

http://manikana.la.coocan.jp/prajna/prajna2.pdf

[10454] これが あるとき これがある 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/11/14(Tue) 14:27   [返信]

1+1 は 1+1 です

1+1 を 2 とするとき
1+1 は 2 です

一つのまるい饅頭と
一つのまるい饅頭を 合わせると
一つのまるい饅頭が 一つづつ 合わせられています

二つの 一つの饅頭が 一つになっています

この事って、 「ブッダの論理 」 では 
どうあらわされますか ?

[10452] Re:[10451] 論理哲学論考 全集1  投稿者:管理人エム 投稿日:2017/11/14(Tue) 10:08   [返信]
> 「 ブッダの論理 」 と どう関連しますか ?

『論理哲学論考』は、そもそも、世界に対する見方が、ブッダ論理の働く世界とは異なっているように思われますが、しかし、いかなる立場であれ対話するのが「ブッダ論理」ですから、縁って起こったところで対話できるでしょう。

>
> 4.024
>
> 命題を理解するとは、それが真であるとすれば起きることはなにかを知ることである。
> (それゆえ、実際に真かどうかを知らなくとも、命題を理解することができる。)
> その構成要素が理解されれば、命題は理解される。

この文章を与えられて、何か言いなさい、といわれるなら、
「真であるとすれば」の「真」の意味が理解できれば、「起きることはなにかを知ることである」も理解できるだろうと思います。
ヴィトゲンシュタインも、空を使っていますよね。
語りは、ブッダ論理を用いているのね。

たとえば
「雪は冷たくて白くて手におくと溶けていく」

といわれると、雪を知らない人も、この文(命題)を、それなりに理解することができるでしょう。

構成要素「雪」「冷たい」「白い」「手」「溶ける」などが、わかれば、ふうん、そうなんだ、と知ることができます。


やがて、ヴィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』から『哲学探究』へと移行していきますね。
初期のこの作品は、インド哲学のヴァイシェーシカを思わせるところがありますが、それを否定するかのように哲学探究へと入っていきます。

ヴィトゲンシュタインの作品をはじめて見たとき、インド哲学の世界が非常に進んだ哲学の探究をしていることを知りました。
ようやく西洋哲学は、ここまで来たんだなと思ったものです。口には決して出さなかったけれど、やっぱり今でもそんな気がしています。

> http://tractatus-online.appspot.com/Tractatus/webfontjp/index.html

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