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[11791] 声聞 投稿者:苺箭毒蛙 投稿日:2019/10/16(Wed) 05:54   [返信]
声聞・縁覚・菩薩という分類について慎重な人が善友ですな。
釈迦牟尼の言葉かどうか慎重に考える人が善友。

[11790] Re:[11786] 如是我聞 投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/10/10(Thu) 08:36   [返信]
> イタリアサッカーで観客が

イタリア という

人種差別があるのに 思い至りますか ?

( イタリア人 は 人種だと言っているのではありません )

そのような、認識が シャベツ を 生んでいるのです

[11789] Re:[11786] 如是我聞 投稿者:管理人エム 投稿日:2019/10/04(Fri) 08:38   [返信]
> > 部派に対する「小乗」と、大乗に対する「非仏説」は、私たちが憶えておかなければならない戒めだと思っています。
>
> 現在の日本に分別説部からの流れの人がいますが、彼らからしてみれば余計なお世話ではないですかね。
>
> 現実にそういう教団があるわけだから蔑称は使わない方がいいですよと言っても使いたがるのは、イタリアサッカーで観客が人種差別のチャントをいつまでもやめないのと同じレベルなんじゃないかと。大丈夫なんですかね。

よくわかっていないので、何とも言えませんが、苺箭毒蛙さまのおっしゃるとおりだとすれば、「縁起」ということなのかな、とちょっと思います。

何か、そう言いたくなるものが心にあるのでしょうか。原因を探ることが、解決への道かな。
四聖諦を知るなら、そういうことになりますよね。

[11788]   解剖学者 三木成夫  と 密教   投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/10/02(Wed) 12:22   [返信]

東京医科歯科大学の助教 から 東京芸術大学の 教授 となった
解剖学の碩学  三木成夫 は

脊椎動物 の  “ 「 食 」 の 相 ”  を  まとめている     

「 生命形態学序説 」  うぶすな書院 1992
三木成夫 シェーマ原図 25
(  築地書館 1982  「 内蔵の働きと子どものこころ 」 (*1)  84p.の 解説の 解説 )


「 人間生命の誕生 」  ( 1986 天理教 での 講演 )  に関して ( kindle本 位置No.757 )

個体に於いて ( “ 働き ” の為に 働く  “ 食べる ” ということ )
     ( 作図 は  )

 腸管 からの  “ 消化された ” 「 食 」  →  “  交換作用 ” に於いて

→ 腹側 の 静脈 → 肝臓( 同化 ) → ( 心臓ポンプ ) → 大動脈 → ( 鰓・肺 ガス交換 )
→ 体壁系(動物器官) → (消費) → 主静脈 → (腎管)排泄


“ 食べる ”       →  「 四食 」
 “ 消化された ”    →  ヴィジュニャー としての 分別


“ 働き ”        →  交換作用によって 取り込む者の “ 働き ” となる

“ 交換作用 ” が  “悪い” と “ 働き ” は  “ 悪く ” なる  → 「 無明 」 に 起きる



また、

 “ こころとあたま ”  (   (*1) 98p.  ) に 於いて
宇宙と共振波動する  内動波動 の 心臓を 見つめ

如意輪観音像・  ( ボストン美術館 )
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%82%E6%84%8F%E8%BC%AA%E8%A6%B3%E9%9F%B3
普賢菩薩像・
https://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=A1
楊柳観音像・ ( 当該画像がWEB上検索できなかったので、 白隠 のモノで 代用)
https://j-art.hix05.com/20hakuin/hakuin14.yoryu.html

   の 三画像 を あて、

光背の中心を 内蔵と頭蓋のニ箇所に分裂して存在する模様を示し
「 気 」 = 「 心 」 と 導く、 理解へと 誘う


[11787] Re:[11786] ( 11780 ) 如是我聞   投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/10/02(Wed) 06:16   [返信]
> > 部派に対する「小乗」と、大乗に対する「非仏説」は、
> > 私たちが憶えておかなければならない戒めだと思っています。    
>     現実にそういう教団があるわけだから蔑称は使わない方がいいです
>      よと言っても使いたがるのは、イタリアサッカーで観客が
>      人種差別のチャントをいつまでもやめないのと同じレベルなんじゃないかと。大丈夫なんですかね。

日章旗( 旭日旗 ) の 問題とも重なります

なぜ 「 小乗 」 と 呼ばれるかは
「 小乗 」 に とっての問題です

「 大乗 」 は その問題を 解決するために
「 小乗 」 を  起こしたのです
  そして 、 その問題を解決するために 「 小乗 」 を 知ります

大・小  を  使うからと言って、  「 縁起 」 に もとる  わけではないのです
  「 縁起 」 を知り、 それを知らしめる為に  大小( 大乗 ) を 使うわけです
  小 が 大 である  ということです

   ・・・・・・・・・・・

どのように、旭日旗 と 重ねますか ?

旭日旗 は 誰が、 何の為に使うか ?

“ その問題 ( の 解決 ) ” が、 旭日旗 否定  に使われます

問題は 否定 が  “ 「 大 」 であるかどうか ”  です

使う者の問題( 問題ある使われ方 )がないわけではありませんが 
それを      取り上げる問題 は
どこにあるかが        問題 です
    何の為 に  それを 問題 とするか   という問題です

「 大 」 における 問題でしょうか
「 小 」 に於いての 問題でしょうか ( そうだそうだ  という者の 問題ではないですか ? )



うまく 読み解けましたか ?
( 仏典は、 このような方法で 記述されています )



[11786] Re:[11781] 如是我聞 投稿者:苺箭毒蛙 投稿日:2019/10/01(Tue) 23:32   [返信]
> 部派に対する「小乗」と、大乗に対する「非仏説」は、私たちが憶えておかなければならない戒めだと思っています。

現在の日本に分別説部からの流れの人がいますが、彼らからしてみれば余計なお世話ではないですかね。

現実にそういう教団があるわけだから蔑称は使わない方がいいですよと言っても使いたがるのは、イタリアサッカーで観客が人種差別のチャントをいつまでもやめないのと同じレベルなんじゃないかと。大丈夫なんですかね。

[11785] Re:[11784] 如是我聞   投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/10/01(Tue) 09:20   [返信]

> > > でも、何か特定の人たちを攻撃してる?
> >    こぼれ落ちさせる  ということが、 攻撃 に なっている
> >    ( そのように 思い、 こうして書きこむ者を 攻撃していることとなる )

> そう?

文章からは、 そうなります

> 知るためには、聞かなければならない。

そう知っているのなら
知っていることを 語られることから 聞きなさい
( そういうことを 道場  10/01-09:07 No.16983  で 言っています )


> > 見ている人を 取り上げると
> > 見ていない人は、 こぼれ落ちる
> > こぼれ落ちる人の為に、 仏法があるのに 、、、、

> 仏法は、見ている人と見ていない人のためにあります。

あなたが 仏法 とするのは、
あなたの 理解=解釈 上 の 仏法 です

それが 「 仏法 」  であるとき、
あなたは ブッダ です

> 「見ていない人は、こぼれ落ちる」とするのは、ちょっと、疑問があります。

あなたが そうしているのです

> ブッダの手からこぼれ落ちる人はいない。

あなたの手からは ( あなたの思う意 からは ) こぼれ落ちる

> 誰もこぼれ落ちないようにするために、「縁起」ということが説かれました。
> 縁起を見るものは法を見る。


わたしは  「 縁起 」  を 見てはいないから
 「 縁起 」  に 逸れる  のは  問題がない    
    (  「 縁起 」 を知るなら、 問題がある  と してもよい )



あなたが  揀択するから  あなたの 商量に沿って
   (わたしは真理から)   こぼれ落ちるのです


ブッダ は 揀択しない 商量することもない
 「 法 」  を 行ないという言葉で 示すのみ


[11784] Re:[11783] 如是我聞   投稿者:管理人エム 投稿日:2019/10/01(Tue) 08:47   [返信]

> > でも、何か特定の人たちを攻撃してる?
>
> こぼれ落ちさせる  ということが、 攻撃 に なっている
> ( そのように 思い、 こうして書きこむ者を 攻撃していることとなる )
>

そう?

たとえば、「攻撃してます」と答えたなら、それなら、そのための答があります。

たとえば、「攻撃してません」と答えたなら、識別は起こらない。
それはそれで、また、ほかに考えることがでてきます。

知るためには、聞かなければならない。

> 見ている人を 取り上げると
> 見ていない人は、 こぼれ落ちる
> こぼれ落ちる人の為に、 仏法があるのに 、、、、

仏法は、見ている人と見ていない人のためにあります。

「見ていない人は、こぼれ落ちる」とするのは、ちょっと、疑問があります。


ブッダの手からこぼれ落ちる人はいない。


誰もこぼれ落ちないようにするために、「縁起」ということが説かれました。
私たちが自然によっている『ものの見方』を、ブッダが整えたものです。

縁起を見るものは法を見る。

[11783] Re:[11781] 如是我聞   投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/10/01(Tue) 07:32   [返信]

> 多分、仏法を知る多くの人々が、この基準によってふるい分けてきていると思います。

> 我・我所のあるものは、巧みに排除され、今日多くの経書が残されていると思います。
> それらの中に、真実を見ようとするのが、ブッダの徒ではないかと思っています。

見ている人を 取り上げると
見ていない人は、 こぼれ落ちる
こぼれ落ちる人の為に、 仏法があるのに 、、、、

> そういう意味では、法に真実を見ようとしないそれ以外の人が何を言っても、気にならないです。

気にして、 救いあげることが
後押しして、 あとから 悟る  ということです

> 生じては滅する泡のようなものですが、

アワ(タ) の   人生が   数多の人生 であり
その泡  が   アナタ  の 人生    の 構成要素

滅しさせずに      
      一つ一つの  泡 に 移る 景色 ( それが チンターマニ で )
      景色が 泡 です
      ( 泡 には 実体がないけれど、 実体として大事にすることが、 無我の実践  です )
泡を 救いあげるのが、 大事ではないですか ?
      ( 泡 は 容易に壊れやすく、 滅しやすいので 十分な=怠りなき 注意を 要する )


> でも、何か特定の人たちを攻撃してる?

こぼれ落ちさせる  ということが、 攻撃 に なっている
( そのように 思い、 こうして書きこむ者を 攻撃していることとなる )


[11782] Re:[11781] 如是我聞 投稿者: 春間 則廣  投稿日:2019/10/01(Tue) 07:13   [返信]

> 法を灯明としてただひとり道を行けということではないかと。

言っていることを 聞き間違っている

燈明 を 「 洲 」 と 訳してみるといい
そう     洲る  と    ( 「 法 」 する )

ただ一人 「道」 = 「 真理 」  =  「 法 」 を行く
 その道 は 「 洲 」 にあることとなる


その上で、「 洲 」 を 「 燈明 」 として ただ一人にある  ということは
どういうことかを 考えなければ 、、、、


なおかつ その 「 瞑想 」 は どのような  “人の世”  に あるのか

その “人の世” は どのように成り立っているのか ?

一人 ということが 何故  「 縁起 」 に 起きるのか ?

そうすることにより 「 転法輪 」 が 起きている

こういうことは 頭で、理解することではなく ( 頭を用いると、 その頭は 裂ける )
 怠りなき 行ない =精進   としてある
精進 = 行ない   が   語らい としての 行ない   なのです


もう一つ
大事のことがある

その あなたの書き込み が、 説かれていること
    > 法を灯明としてただひとり道を行け
の 実践かどうか ということです



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