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[10430] Re:[10429] 『十二門論』における論法の用語をめぐって の UPありがとうございます。 投稿者:無宗だ 投稿日:2017/10/06(Fri) 07:34   [返信]
管理人エムさま、レスありがとうございます。

> 『廻諍論』は、大した内容だと、あらためて思いました。
>
> 『十二門論』が想定している読者は、空を説いていますが、仏教が相手ではなく、ニヤーヤ学派のアクシャパーダとかチャラカとか、そういう人じゃないかと思わせられます。

『十二門論』は、全く読んだことがないのですが、UPされた、論文をみて思ったこと。

方便心論、ヴァイダルヤの頃は、【過時語】などといって、いきがっていたのに、
いまは、

>論争の中で反駁を行うとき、空性をもちだして語る人は、何ものをも反駁できていないのであって、ただ成立すべきものに等しいものが生じているだけである。
>論証の中で非難を行うとき、空性をもちだして語る人は、何ものも非難できていないのであって、ただ成立すべきものに等しいものが生じているだけである。

こんなことをいえるようになったんだね。
成長したね、おかあさん(?)うれしいよ。

などという観想を持ってしまいましたw

[10429] Re:[10428] 『十二門論』における論法の用語をめぐって の UPありがとうございます。 投稿者:管理人エム 投稿日:2017/10/03(Tue) 05:34   [返信]
無宗ださま おひさの書き込み、ありがとうございます。

> 『十二門論』における論法の用語をめぐって の UPありがとうございます。
>
> 廻諍論[63]の理解には、ずっともやもやしたものがくすぶっていましたが、ようやくすっきりしました。
> 美しい!!

お、ありがとうございます。
『廻諍論』は、大した内容だと、あらためて思いました。

『十二門論』が想定している読者は、空を説いていますが、仏教が相手ではなく、ニヤーヤ学派のアクシャパーダとかチャラカとか、そういう人じゃないかと思わせられます。

この書は、龍樹にはっきりと対抗できる相当な猛者(外教徒)を相手にしているのだなと実感します。
『方便心論』の「相応品」の最後の「不生」というところと、『十二門論』の最後の「不生」が重なるように、意識されている感じがします。

あらためてすごい論争が起こっていたんだなと、鳥肌が立ちますね。

> [2]のUPも楽しみにしております。ご自愛を

こちらも頑張ります。

[10428] 『十二門論』における論法の用語をめぐって の UPありがとうございます。 投稿者:無宗だ 投稿日:2017/10/01(Sun) 17:31   [返信]
管理人エムさま
『十二門論』における論法の用語をめぐって の UPありがとうございます。

廻諍論[63]の理解には、ずっともやもやしたものがくすぶっていましたが、ようやくすっきりしました。
美しい!!

[2]のUPも楽しみにしております。ご自愛を

[10427] Re:[10426]   10406 ・ 10407削除分   投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/10/01(Sun) 10:47   [返信]

> これを削除したのですか。

なければ 読まない人に は  必要  としたわけです

読んだ人にも やはり “ 不要 ” だと
せざるを得ないこと  が   起きました

要不要 は 時に起きる

あなたが ( 理を )起こせば 削除は 起きていない

> いつも     素直に語ってくれればいい。

素直か    素直でないかを
あなたが  “素直” に 判断する

基本的に 素直の基準が あなたにあるわけです

( こういうことを あなたが 素直に受け入れることができないから 揀択を起こす )


[10426] Re:[10419]   10406 ・ 10407削除分   投稿者:pocket 投稿日:2017/10/01(Sun) 01:54   [返信]
これを削除したのですか。

これは春間さまの信仰告白といってもいいのではないですか。

自分をあからさまに出すことを躊躇われたのでしょうか?

興味深いです。

いつもこれくらい、素直に語ってくれればいいのに・・・なんて。


> 生きている  ということは  確かめるまでもない( こととされて 検証でさえ 別の階梯で起きさせられる )
>
> 「生」 が あるから  「死」 が  (現前に)あるが ( 「生」 のみを 現前のこととする )
>   それを見なければ 「 死 」 という 意味は わからず
> 縁起する 「 生 」 も 確かめられていない
>
> どう生きているか が  死んでいないこと と  重なる
>



> > > 「 信 」  とは 「真」 そのモノであり  「仏陀」 とも呼びます
>
> 仏陀  は 永遠 の 生  にあり
> 死んでいるモノ には 生  が ない
>
> たとえ 物  であろうと  見るという 行いの意味は 見ることの前に 存在している
>
> ただし 「 唯 見 」  「 揀択 」  というときは
> 「 揀択 」 を  見つめる( 慚ることを 自らを 鋤棒 に ユーガする  縄とする ) 永遠の生にある
>
> ・

[10424] Re:[10423] 文明の衝突と宗教戦争 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/09/30(Sat) 09:43   [返信]

>  結局、宗教は宗教でイスラムも仏教も似たようなものなんでしょうかね。

そういう 宗教というカテゴリー で
      宗教内 の  考え方の構造  を
      仏教内 に  対して とると
オーム真理教  も   マゴウことナキ  仏教( 内の 仏教 )
  となります

仏教  とは 釈迦牟尼の (如来に起きる)  説くこと(を聞くこと) です


聞き方によって 変わるのではなく
聞き方が 語られた事 “そのモノ” = 如実 で 自性を持つ 真理  です
( 想像 や 推測 は  想像であり推測である  如実な自性=自我 に起きる事です )
( 如実・自性      実在  が ないということを
     釈迦牟尼 は 瞑想を通して 知ったわけです= 如実智 )

二つの 括弧内の ことが   二律(背反)しないことを
 瞑想で   智 られ ます

知るまでは 智る こと  は 存在 事(モノ) ではない


[10423] 文明の衝突と宗教戦争 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/09/30(Sat) 08:03   [返信]
イスラム原理主義の暴力については、宗教内の自浄作用が働かないな〜と
思ってましたが、一方で上座部仏教の方はどうなんですかね。

結局、宗教は宗教でイスラムも仏教も似たようなものなんでしょうかね。

[10422] 「ロヒンギャ」と仏教 投稿者:莓箭毒蛙 投稿日:2017/09/30(Sat) 06:45   [返信]
ミャンマーでもスリランカでも、殺人を比丘が煽ってますが
どうなんですかね。

スマナ長老のお話でスリランカはすばらしいってのが初期にありましたが、
シンハラとタミルの殺し合いに比丘も関与してることを知ってたので
なんだかなぁと思って聞いてました。

自国を美化するのは当たり前ですね。
長老様もスリランカ人だなぁと。

「ロヒンギャ」も一方的な被害者というのも微妙で、
もともと英国の植民地支配の道具でやってきたベンガル人と
最近の経済難民のようですね。
それにイスラム原理主義者がいろんなところから紛れ込んでいる。
しかし、だからと言って殺しまくっていいわけはない。

このような問題を解決するのは政治や軍事などの世俗の分野で
宗教を持ち出すとおかしくなりますね。
あるいは人道支援だけに留めるべきかと愚蛙考します。

生きとし生けるものに幸いあれ

[10419] Re:[10417]   10406 ・ 10407削除分   投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/09/24(Sun) 13:10   [返信]

> > >   そうではない という意味は、ここにはありません。
> > >   確かめられないので、「 可能性がある 」というのです。他にも、まだ、あるのかもしれないし、よくわからないからです。

> >   自ら 確かめたことを “正” とします

よくわからないことは  どう分からないかを確かめる前に
分からないことと 確定されています

> >   ( 確かめるまでもないことと  当然 “正” である    とすることは   あなたにもある )

 確かめるまでもないこと  と  (あたかも検証なしで) 当然 “正” である    とする   ことは  
というふうに 区切ります

「 言うまでもなく 」  とか 「 周知のごとく 」 とか
「 分かり切ったこと 」  とか
「 論を待たず 」 というふうな言い方で  確かめるべきことを おろそかにします

> > 確かめられないことは 信用できないことです

確かめるまでもないこと を  よくよく確かめるまで は
確かめられていない

生きている  ということは  確かめるまでもない( こととされて 検証でさえ 別の階梯で起きさせられる )

「生」 が あるから  「死」 が  (現前に)あるが ( 「生」 のみを 現前のこととする )
  それを見なければ 「 死 」 という 意味は わからず
縁起する 「 生 」 も 確かめられていない

どう生きているか が  死んでいないこと と  重なる

> > ただし  「信」 が 起きていれば  ( その 「信」 を )確かめることが  「神を裁くこと」 に なります
> > (  ナザレのイエスの言う 「神」 は 阿弥陀 です が 伝統的解釈では 全知全能の “存在” を いう  )
> > 「 信 」  とは 「真」 そのモノであり  「仏陀」 とも呼びます

仏陀  は 永遠 の 生  にあり
死んでいるモノ には 生  が ない

たとえ 物  であろうと  見るという 行いの意味は 見ることの前に 存在している

ただし 「 唯 見 」  「 揀択 」  というときは
「 揀択 」 を  見つめる( 慚ることを 自らを 鋤棒 に ユーガする  縄とする ) 永遠の生にある


[10418] Re:[10416]   10406 ・ 10407削除分   投稿者:  春間 則廣   投稿日:2017/09/23(Sat) 09:36   [返信]

> 量子論つながりリンク
> 今日「東大が量子コンピューターの基本原理の開発に成功」ってニュースをやってました
> http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170922/k10011152541000.html

************

> どちらが どちらを 照らしているかは 縁起にあります
> 照らしだされるモノが変わるとき 照らすモノも変化している
> ( そういうことを 量子論 は 明かそうとしています )

量子力学  によって  
明かそうとする 「理」 は
釈迦牟尼によって 明かされていて  その  “明・燈” は ディーパ として あります

しからば  「明かす」 ということは  どのように明かされるか

言葉にある内は 「空」 です
行いに移ると  転じ 
   着目    “点”  を 起こすこともできます

言葉を知る のではなく
行いという 「智」 にある    ということが   理を明かすこと  です

論理は 生活において働いて  理となる
科学 というモノは  生きざまに働いて 科学足り得る

「 あなたは 何の為に 働くのですか 」         という 問いに 
「 給料を得て ( 少しでも安楽な )生活するため 」  と   答える

安楽  とは   給料を得る働き  の 中には ありませんか  ?

安楽を得る  働き  に  安楽を見出している
( 安楽  とは 何ですか ? )
     762
  他 の 人々 が「 安楽」 で ある と 称する もの を、 諸々 の 聖者 は「 苦しみ」 で ある と 言う。 他 の 人々 が「 苦しみ」 で ある と 称する もの を、 諸々 の 聖者 は「 安楽」 で ある と 知る。 解し 難き 真理 を 見よ。 無智 なる 人々 は ここ に 迷っ て いる。
     763  あっても、 それ を 知ら ない。
               ( 中村 元. 岩波書店. Kindle 版.  )
    

ここに 聖者の 楽 と 苦 が 起きます

「 量子力学  という 研究は 何の為か ? 」 という  問に どのように当てはめますか ?

衆生があって 仏 が ある
「 衆生本来仏なり 」
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%90%E7%A6%85%E5%92%8C%E8%AE%83
「 見ず の ごおり(合理) の ごとくにて 」

あなたの 読み方ではなく  白隠・春間 の 音じかたで 聞く時 聞こえる 毫釐
「  毫釐も差有れば 天地懸に隔たる 」   (  見なければ ゴオリ は ない  )

研究を楽しむ  ということに  “人々の 楽しみ” があり
                                 “聖者の 苦” が 起きる

「 楽しんで 何が悪いか ? 」 という 問に    “楽しんで”  聖者   は 答える 、、、、

文明 と 文化 は  西洋的論理に支えられている
真理 と 恩恵 は  カトリックの 占有物でもある

ナザレのイエス は  不平等に対して 平等  を 平等に説く
  けれども   
不平等にあるとき  それは 不平等の大地で 平等に働きを為させられる

************

何故 働き 生きるのか ?

行いが変わること  を 生が転じる  と 言い替えられる

どう転じているかを  真直ぐに見つめ  そこに集中して 「点」 となし  「 明=燈 」 を 点ずる 、、、、

三世に 点ずる


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