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[11111] Re:[11109] “タイ”する 者は あなたが決めたとおりに あるとは限らない 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2018/10/16(Tue) 16:04   [返信]

> 外野の中傷でくだらぬ言い合いに巻き込まれてしまったのは無念でした。

中傷 ではないが、
中傷 と とる
その決めつけの 根拠 は 
あなたからの、中傷になる   とは 思いもよらぬ ことではありませんか ?

> しかし意味のない議論ではなかった。

“巻き込まれた” あなたには 中傷合戦  として 存在している

あなたに対する書き込みが 中傷ではなく
中傷ではないこと を 中傷と  決めつける
    それは     まごうことなき 中傷 です

もし“片”一方が 中傷ではなければ
あなたの “巻き込まれる ”という 語の 使用法は 適切ではない

あなたは 中傷に巻き込まれた  と 言う限り
その土俵で 言葉を語っている
一方 
対する者は あなたが決めたとおりに あるとは限らない

> それが 公正ではないことは 賢明なる(論理に通じた者は) 見逃さない

>  おそらくこのサイトを訪れる公正な読者の方々には理解して頂けたと信じ、自らの慰めとしたいと思います。

片一方は 確定した 中傷
もう一方は あなたの “ 揀択 = 商量 = 判断 ” によるのみ
確定していない ところ を
       あなたと 同様に 評価し   あたかも確定したがごとくに扱う者 を
あなたは     公正な読者          と  決める

こういう 論理構造 が あなたの “ 論 ” を 貫いている
自分で 確定できないところを 
   あたかも確定したがごとく 置き
そこに逃げ込む

その論拠は  あなたの 思うところによるのみ
( この    “ あなた ” が いくら 衆を為しても その一人一人に それはあてはまる )

もし
管理人エム 様 が あなたの主張するように

> 外野の中傷でくだらぬ言い合い

と 捉えるのなら
わたしは  命と真理  を “ カケテ ”
真理 を 守る


一言 言うべきでは ありませんか ?


[11110] Re:[11109] 退出の挨拶 投稿者:えび天サンバ 投稿日:2018/10/16(Tue) 13:21   [返信]
> 二諦の議論が終わった後に意味も無く駆けつけたエビ天サンバ氏とともに、もはや二諦の論理構造とは何の関係もない議論で盛り上がられるのがよろしいかと思います。

私は春間氏の記述に興味を持ったので、あなたの探究に関して何かを言ったわけではないのです。あなたと議論をしているつもりもないのだから、気にせずに続ければどうですか。
私も理解できないほかの人々の記述ならいざ知らず、きっとエム先生からは多くを学ぶことが出来るでしょう。

[11109] 退出の挨拶 投稿者:spinobuddhist 投稿日:2018/10/16(Tue) 12:58   [返信]
> 二諦が無いというのなら二諦が無いという論理構造を示せ。
> それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、ということです。

最後に「ということである」で受けているから、普通に考えてこれは命令形ではなく、羅列形(箇条書き)に過ぎないことは明白だろう。
いずれにしても他人の言葉の言葉尻を捉えた中傷に過ぎない。

とってつけたような二諦の考察も、いつもどおりの不二元論を捏ねくり回した無意味な内容で、
真剣な知的好奇心の産物ではないことは、私や先生、pocket様の議論を見ていた人たちには、容易に理解されることである。

二諦の議論が終わった後に意味も無く駆けつけたエビ天サンバ氏とともに、
もはや二諦の論理構造とは何の関係もない議論で盛り上がられるのがよろしいかと思います。

久しぶりに先生と純粋に道の話がしたかっただけなのに、今回もまた外野の中傷でくだらぬ言い合いに巻き込まれてしまったのは無念でした。
しかし意味のない議論ではなかった。おそらくこのサイトを訪れる公正な読者の方々には理解して頂けたと信じ、自らの慰めとしたいと思います。

それでは失礼します。

[11108] Re:[11102] 二諦説 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2018/10/16(Tue) 10:09   [返信]

>  なんだかよく分からないんだけれども、そんな風に、ってところを、もう一回、自分の言葉にして、ここに書いてくれると嬉しいな。

君を喜ばせるために 記しているのではないが
喜ぶこと を 禁止できない

嬉しくない書き込みだと 不快を起こすことも
 あなたの 領域である あなたの生きざまにある

それらは 共に あなたによってのみ 引き起こすことが出来る 感情です

わたしの言葉は
すべて 自分の言葉です
あなたの言葉にして (あなたに分かりやすく、分かるように) 綴れ   という  要求 と 読みますが
あなたの言葉で あなたが分かるのは
分からないままと 変わりはありません
( わたしの言葉を あなたの考え方で 翻訳する  → それは あなたのまま です )
( ここが 分かりたくないところで、逃げ込むところです )

わたしの言葉を そのまま 如実に知るには
如実 ということを 知らなければなりません
“如実” は 世俗の言葉ですが 意味は “勝義” です
( このあたりが 分かる者に これを綴っています )

>  君の言葉は、誰だっけ、スピノザ仏教徒の弁を引いて言えば、いつも重いからな〜。ゴメンネ

軽重 は  縁起  だと 知っていますか ?
( そこ( 「 縁起 」 ) を 分からず 論を形作っていると 読めます )


[11107] Re:[11104] 無題 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2018/10/16(Tue) 09:57   [返信]

> > > > 仏陀が言っていないから二諦は無いとか、われわれはそんな文献学のレベルじゃなくて、二諦の置かれる論理構造を議論している。
> > > > 二諦が無いというのなら二諦が無いという論理構造を示せ。
> > > > それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、
> 実際の私の発言は以下のとおり。

そこも 綴られてはいる
> >それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、ということです。
しかし あなたの 要求の根拠は
> > > >  二諦が無いというのなら二諦が無いという論理構造を示せ。
という 言い方による 言いたいことです
その言い方 が 敬意に基づいている とは 読めない  ということです
> > > >  それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、
この言い方も 敬意を 失しています

わたしは 論に敬意が必要  だと思って、 言っているのではない
あなたの 用いる “敬意” について 
そこに “ 齟齬 ” を 見出す  ということです

本当に “ 真理を 探求したい ” という 目的があるのなら
探究の道は それぞれに 歩む足下 に あるが
行き着く先は 一つです
しかも 一つを介してはいるけれど 道は すべて繋がっているから
あなたが歩む道は わたしの道でもある

わたしは わたしの道を 大切にする

敬意 という者(モノ)は 自己に発し 陀己(現成公案)に及び 自己に 戻る


[11106]   Re : [11087]    投稿者:  春間 則廣   投稿日:2018/10/16(Tue) 09:20   [返信]
> [11087] Re:[11086] 仏陀の道の端で 投稿者:管理人エム 投稿日:2018/10/14(Sun) 08:21


>  「言語活動によらずには、第一義を説くことはできない。第一義に到達しなくては、涅槃を獲得できない。   (『中論』24.10)」 と 順序があるからです。

言語活動によらずには、第一義を説くことはできない 
( 涅槃を獲得しても   説くことは出来ない )
( 涅槃を説いても 説くところは 涅槃ではない  → 世俗では 誰であろうと、獲得できてはいない )
( 獲得したものが 存在するところが 涅槃である )
涅槃を説くことは 第一義諦 に 拠るしかない が
拠るところ(涅槃)は 世俗に於いて 聞かれる

世俗諦を 知ろうと 第一義を知るまでは 世俗諦の意味は知られない


>  勝義諦を知るためには世俗諦が知られねばならない、しかし、その世俗諦を知るためには勝義諦がわかっていないとならない、となると、一体どっちを先に知るのだ、となります。

どっちが先  ということはない
しかし 説く時には 言葉は 順をもって 口から出て来る
言葉を 出す  その  根本=目的  は 全体=言葉 の 発する元 である その者
に 帰属して “端” を 発する

> このため、「過時(時の過ぎたもの)」という論法の誤り、つまり、「先に言うべきものを後に述べ」たり、また、「後にいうべきものを先に言う」などの誤りを指摘されてしまうことになります。

前後 を たがえようと 、     前後のない状態( 涅槃 ) に於いては
( 意味があり・ありとする時なら )意味は変わらない

涅槃は  「 永遠 」 にあり
       「 永遠 」 に 於いては 時は 存在を失っている

しかし 世俗に於いてのみ 言葉が 順に 語られる為 順を追わないと
論理構造を 堅固に組み立てられない → そこに 時が生み出される

壊れるまでは 堅固だが (そこは異なもの 味がないわけではなく)
壊れていようと                  
使いようがないわけではないから
使い続ける限り、 堅固さは 死守される
( 論理的整合性を求めているのではなく 主張を 欲求する のみ )
( その主著を 補強しようと 言葉は使われる )
910   ( 中村元 訳  「ブッダの言葉」 )
(「われは知る」「われは見る」ということに)執著とて論ずる人は、みずから構えた偏見を尊重しているので、かれを導くことは容易ではない。自分の依拠することがらのみ適正であると説き、そのことがらに(のみ)清浄(となる道)を認める論者は、そのように(一方的に)見たのである。 
               ***********
どのように 適切な 教えを説こうと
彼は それを 自らの 論を 構成するために 使う
適切な教とは 論の形 を とろうと Su.844 談論 する為には 置かれない
               ***********

               ***********

    < 参考 > ( 中村元 訳  「ブッダの言葉」 )

844
家を捨てて、住所を定めずにさまよい、村の中で親交を結ぶことのない聖者は、諸々の欲望を離れ、未来に望みをかけることなく、人々に対して異論を立てて談論をしててはならない。
884
真実は一つであって、第二のものは存在しない。その(真理)を知った人は、争うことがない。
かれらはめいめい異なった真理をほめたたえあっている。
それ故にもろもろの<道の人>は同一の事を語らないのである。

773
欲求にもとづいて生存の快楽にとらわれている人々は、解脱しがたい。他人が解脱させてくれるのではないからである。かれらは未来をも過去をも顧慮しながら、これらの(目の前の)欲望または過去の欲望を貪る。

781
欲にひかれて、好みにとらわれている人は、どうして自分の偏見を超えることができるだろうか。かれは、みずから完全であると思いなしている。かれは知るにまかせて語るであろう。

784
汚れた見解をあらかじめ設け、つくりなし、偏重して、自分のうちにのみ勝れた実りがあると見る人は、ゆらぐものにたよる平安に執著しているのである。

               ***********

[11105] 無題 投稿者:spinobuddhist 投稿日:2018/10/16(Tue) 08:09   [返信]
> 春間居士様宛
>
> > > そんな処に逃げ込んでないで、本当に議論が不要なら日和見主義者みたいな書き込みは今日限りでやめて、
>
> > そういう風に
> > 自分の立場を 正当化することが、
> > 逃げ込んでいる  ということです
>
> なんだかよく分からないんだけれども、そんな風に、ってところを、もう一回、自分の言葉にして、ここに書いてくれると嬉しいな。
>
> 君の言葉は、誰だっけ、スピノザ仏教徒の弁を引いて言えば、いつも重いからな〜。ゴメンネ

今問題となっているのは二諦の論理構造ですが、

相も変わらずこのサイトは、論理的な議論が出来ない人間が、お祭り騒ぎに駆けつけてきますね。

ここは真剣で論理的な議論をする場所で、中傷合戦をする場所ではないのです。

人を無視するふりをして、「スピノザ仏教徒」などと揶揄してくるのは、

下品だから止めましょう。

人を呼び捨てにするのは、このサイトのエチケットに反しますよ。

[11104] 無題 投稿者:spinobuddhist 投稿日:2018/10/16(Tue) 08:07   [返信]
>
> >  私は、不真面目です。
>
> 真面目 に やりなさい
>
> >  議論をするときは、常に相手に敬意を払わないと。
>
> とても 敬意を払われているようには 読めない
>
>
> > > 仏陀が言っていないから二諦は無いとか、われわれはそんな文献学のレベルじゃなくて、二諦の置かれる論理構造を議論している。
> > > 二諦が無いというのなら二諦が無いという論理構造を示せ。
> > > それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、

実際の私の発言は以下のとおり。

>それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、ということです。

恣意的に省略して引用し、誤った印象を捏造しないように。

いずれにせよ二諦の論理構造に関わらない、無駄な議論である。

[11102] Re:[11095] 二諦説 投稿者:えび天サンバ 投稿日:2018/10/16(Tue) 01:06   [返信]
春間居士様宛

> > そんな処に逃げ込んでないで、本当に議論が不要なら日和見主義者みたいな書き込みは今日限りでやめて、

> そういう風に
> 自分の立場を 正当化することが、
> 逃げ込んでいる  ということです

なんだかよく分からないんだけれども、そんな風に、ってところを、もう一回、自分の言葉にして、ここに書いてくれると嬉しいな。

君の言葉は、誰だっけ、スピノザ仏教徒の弁を引いて言えば、いつも重いからな〜。ゴメンネ

[11101] Re:[11098] 二諦説 投稿者:  春間 則廣   投稿日:2018/10/16(Tue) 00:01   [返信]

>  私は、不真面目です。

真面目 に やりなさい

>  議論をするときは、常に相手に敬意を払わないと。

とても 敬意を払われているようには 読めない


> > 仏陀が言っていないから二諦は無いとか、われわれはそんな文献学のレベルじゃなくて、二諦の置かれる論理構造を議論している。
> > 二諦が無いというのなら二諦が無いという論理構造を示せ。
> > それが出来ないなら、議論に首を突っ込むな、

それが
論理的指摘になりますか ?


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