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[42] オンライン・パーリ仏典を比較してみました
日時: 2014/09/25 00:40
名前: おちゃらけ ID:pbuxn05.

まとめサイト作ってほすぃー!って言ったいいだしっぺが通りますよっと。
以下チミチミ・ダラダラ・クドクドとした文章が延々と続きます。よろしくでっす。
(リンク制限があるのでhttpのhは全て外し、表示色を変えるために文頭hの代わりに引用符>をつけました)

***=======***
パーリ仏典で代表的なものは?と思ってまずは片山先生の『パーリ仏典』の典拠をチェック。
これら五種が代表的なんだろうなってのがわかります(元が想像できない略字・・・)。
*Be=ビルマ版第六結集
*Re=ロンドン・PTS (パーリ聖典協会)版
*Ce=スリランカ・ブッダジャヤンティ版
*Se=タイ王室版
*De=インド・ナーランダー版

大学研究室などの関係者以外立ち入り禁止な一般人の私はフツーにオンラインで参照できるパーリ仏典を探してみました。
インド・ナーランダ版がネットに上がっているかどうかわからないのでそれ以外について調べてみた雑感です。

  略字といえばヨコですが、お勉強してるとき一番困るのが略字です。ホントに泣いてます。
  あと『法集論註』が『アッタサリーニ』とか、名前が違ってるけど同じものを指すとか。。。

***=======***
まずはビルマ第六結集について。
国家プロジェクトのビルマ文字印刷版と、それを元にした民間のVipassana Research Institute版(数種文字化)の二つがあります。
確か『ミャンマーを知るための60章(エリア・スタディーズ125、明石書店)』だったと思いますが(うろ覚えにてすみません)第六結集は独立直後の威信を掛けた一大プロジェクトだったと書かれていて、細かい数字は忘れましたが非常に大規模な結集だったようです。

略字つながりですがVipassana Research Institute第六結集版の略字の違いには大混乱です。。。
CSCD、CS4、VRIとか言われていて、みんな同じ版を指しているらしいのです(涙目)。

* CSCDはCS(第六結集)のCD版の事で、CSCD3とかCSCD4はバージョン。
* CDではなく「ソフト」を指してCS4とかいう方もいらっしゃいます。
* VRIは”Vipassana Research Institute”(長母音記号なし)の略です。
* サイト名の”tipitaka.org“で「オンライン・パーリ三蔵」を指す方もいらっしゃいますです。
* 印刷版もあるそうです(私は見たことないです)。
いろいろな名前で呼ばれていますが、私はVRIの名前を使う派です(CD版を使ったことないゆえ)。
そしてビルマ文字印刷版の第六結集にCSの略字を使っています。

* about VRI
> ttp://www.vridhamma.org/about-vipassana-research-institute

* VRI第六結集パーリ三蔵
> ttp://www.tipitaka.org/
ローマ字表示(/romn/)のページ・タイトルは”CSCD Tipitaka (Roman)”となってます。

実は、、、他にミャンマー版らしきものがあるのです。。。
* Tipitaka del Sexto Concilio Buddhista-Inicio(CHAṬṬHASAṄGĪTI PIṬAKA)
> ttp://www.btmar.org/content/tipitaka-del-sexto-concilio-buddhista-inicio

PDFをのぞいてみると”Mrammaraṭṭhe buddhasāsana society”刊とあります。
マランマとはミャンマーの旧名のひとつらしいのですが、発音表記は今どきABC疑似フォント!!!\( ゚Д゚)/
90年代のファイルなのかとおもいきや、仏歴2552年(タイ仏歴と一年違い)、マランマ歴1370年、西暦2008年とあります。
なんでどーして???21世紀に入ってローマ字表音表記をABC疑似フォントなんて、、、ど、どなたが作ったんでしょ?

と思って上のリンクから関係者紹介を見て見ると
> Este Tipiṭaka en CD-ROM ha sido patrocinado por el Venerable Aggasāmi, el Sr. Tran Minh Loi, el Sr. Tu Son, el Centro de Meditación Tathāgata, el Centro de Meditación Paññārāma y devotos de Myanmar y Vietnam.
> Este CD-ROM está publicado por el Ministerio de Asuntos Religiosos de Myanmar para distribución gratuita como un Regalo del Dhamma.

ミャンマー連邦宗教省が関わっている?って元は政府公認データなんですか???
えええ?なんで疑似フォント・・・?
量的に小さな団体でローマ字化出来るような規模ではないし、三蔵なのでちゃんとした団体が作ったのだと思いますが、なぜ2008年で疑似フォント。。。うーん。。。

とりあえず、この版を「マランマラッテ・ブッダサーサナ・ソサエティー・ビルマ第六結集」として以下MBSといたしますです。

***=======***
そしたらこういうのが・・・!\(゚Д゚ )/

*三蔵の重要性 ポー・オーパユットー(出村佳子さんのHPより)
> ttp://homepage3.nifty.com/sukha/Thero_sanzo.html

> 第6結集(Chatthasangiti)
> しかし第6結集が終わってすぐ、ミャンマーは混乱し、政変が起こりました。このため第6結集のパーリ語三蔵経の保存と印刷がスムーズに進まず、草稿として用いられたビルマ版と、結集の結果である決定版とを取り違える混乱が起こったのです。

> ttp://homepage3.nifty.com/sukha/thero.html
> 2007年、タイ王国・ダンマソサエティより 「ローマ字国際版三蔵経」(ティピタカ)の贈呈の際に記念冊子を発刊。ポー・オーパユットー〈P.A.Payutto〉の序文の日本語訳。

ななんと!!!
何 回か印刷版ビルマ文字第六結集をみたことありますが、ダンマに関する大きな間違いを放置するってのは律的にもアウトだと思うので修正されていると思いたい のすが…???そのまま放置だったら他にも声が上がるはずですし、改訂が無理なら巻末にノリ付けするなどして修正表を入れることも可能でしょうし。。。
しかしこの発言は2007年のもので、間違いを修正するためにタイ国際版が作られたという序文でもあり。。。ミャンマー側のご意見も伺ってみたいところです。

そ れにしても、ビルマ文字印刷版には誤植が散見されるというウワサを聞いています。それを修正したのがVRI版第六結集らしいので、ビルマ版とオンライン VRIは異なる箇所があります(実際に短いお経を比較したことがあります)。しかし異なる箇所を見つけても私にはどちらが「正しい」のかどうかは全く分か りません。。。ビルマ文字の長音記号はうっかりミスで落ちやすいので、たとえば複合語のつなぎ目のāがaとなっていたら意味が変わってきそうです。。。

しっかし!
タイ版は出版から大分経っているのに複数関連サイトはぜんぜん更新されていません。どーしてなのでしょ?
(www.dhammasociety.org、ttp://www.tipitakastudies.net/など)

日本には仏舎利をおさめている日泰寺に全巻贈呈されたって聞いたのですが。。。
*覚王山日泰寺(かくおうざん・にったいじ)
> ttp://ja.wikipedia.org/wiki/覚王山日泰寺

印刷その他の技術に大手企業が関わった関係も大きいみたいです。
*Tipiṭaka Technology Japan 2008(説明は日本語)
> ttps://sites.google.com/a/worldtipitaka.info/society/world-tipitaka-project/tipitaka-activities/tipitaka-technology-japan-2008
(うーん。。。国際版紹介サイトがいつまでも”sites.google.com”はちょっとどうなの?みたいな。。。)

あと、駒大にも入っているってコミミに挟んだのでチェ~ック!
* 英語のタイトルは”Mahāsaṅgīti tipiṭaka Buddhavasse 2500”
* 副題が”The Buddhist Era 2500 Great International Council Pāḷi Tipiṭaka”

あったー!!!\(^▽^)/
> ttp://wwwopac.komazawa-u.ac.jp/opac/opac_search/?lang=0&amode=2&appname=Netscape&version=5&cmode=0&smode=0&kywd=M%C4%81hasangiti+Tipitaka
(↑40巻のはずなのに35巻しかヒットしません)

なぜか駒大所蔵はciNiiではヒットしないのでした。(関連文献: 37件、つまり37巻?)
> ttp://ci.nii.ac.jp/ncid/BA89320322
ということでヒットした所蔵機関は駒大の他に五つです。
*愛知学院大学 図書館 情報センター
*大阪大学 附属図書館 総合図書館
*大谷大学 図書館
*東京大学 東洋文化研究所 図書室
*龍谷大学 大宮図書館

このプロジェクトは印刷と同時にPāḷi Tipiṭaka Voicingいうプロジェクトで三蔵を音声化もしたのもあるらしいのです。
これもぜひぜひ公開してほしいですっ!!!

つづきます→
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大将 に モノ言う  兵 卒  (卒な考えは捨てられて踏みつけられてひしゃげて平ら) ( No.28 )
日時: 2015/01/15 10:14
名前:  春間 則廣  ID:pj9/.Jh2

> 自己の問題だ、っていう点を、逃さないな、ぶっきょって。

仏教(法)は自己を包含する
自己は 法 であり 、 諸法 は 自己にある

> 逃さないな、ぶっきょって。

仏教は逃さないが
自己たる由縁が、逃されている
由縁が論理です

論理にもとるのは、 “わたし” である
わたしを見る者が、法を見るとき 、、、、
法が論理に乗せられる

大きければ、何でも乗る
頑張る意味は、頑張らなけっればならない状況を、
確定されて、そこから望まれる 、、、、

そこは 本当に 大きいにところ に 乗ってる かい ?

> お後も、がんばろね、っと、仲間を求めるなさけなさ。

僧伽 に ある者は、(善き)友を求め続けるから、
” 自らが 善き友 ” である

自らを見つめるとき、
善き友にふさわしい見つめる者がいなければ、
善き友は存在の処を得ない

対象は対象となることにしか 対処の仕方を持たない

自らが善くない時に、
善くないところにある、 立場( 洲 ) は 危うい

どうにかしなければ、洲が危うい   のではなく
どうにかしなければ と 自己の悪を見つめる 「 悪人 」 に 浄土という「 洲 」 が起きる

理論上 は そうなる  と、教行信証 に ある

ないものは起きない

あるのであれば、すでにある
起きるときにすでにある ( 同時 に 起きる )
理論 は、起きた後 を 理 とする 
( 論に先にのせるときに、乗っていない  論を あとに続けて乗せる   
   →   後先を 作って、まだ作っていない 俗論が あるとする    )

頭の中の世界に同時にあるモノが、異時に出ると、
異時があり前後があると、頭の中に前後を作る

前後無く 同時にあるから 後先がない
後先とは、大小・多少 が 姿を変えたもの
(  なぜかは自分で考えて理論化しなさい  )

無量であるから平等である
平等が真理であるから、高低はない
あるところから、上にあると、突出した思想が生まれる
下にあると規定するとき、劣って 怠りがある

怠りを見つめるところ  に、
自ら が 立つ が 、
たっても 平等の 土地(浄土) には、安楽  という 平らかな安らぎしかない
立つと高い見地が生まれるのではなく、
平らかさ(寂滅)を知ると、上下が否定される

その否定を、理に乗せる時に、無明を選ぶ
理は無明を晴らすためのもの → 晴らせば 理は消える → それは必ず、突出しているから

仲間を求めるといっても、
求められている仲間が、仲間を求めている
求めあう者同士が出会うこと(そのところ)を、 
同士 → 同時 → 安楽 → 僧伽 の場とされる

善なるモノのすべては、 同士にある 同時に安楽がある

ないものは存在しない

あるモノ は、 理にあるか どうか(理に乗らないか) で 
存在 が  ある(確定される)  わけ ではなく
( あるモノは存在であって、分け ではない
   ワケでも ワケル という 作り上げられた存在はあるが、その存在に 優劣がない )

理は必ず否定する理を生む  理は力 であるから 、、、、
力のない理には、説伏の力がない
力(理) を 生むと、必ず縁起を生む
理のおきるところは 、世間だから 、、、、

真理は平等から起きて、平等に戻るが
起きて戻ることが起きる場所( 時 ) は 同時  という 処

(大きいとして)乗って 降りる(小さくする) 処

乗ると降りるは、同時にあって、縁起にある
縁起にあるモノに優劣がない (  平等に発し 平等に戻るから 、、、、  )

あんたが 対処

メンテ
パーリ、ジャイナ経典とか、プラークリットとかとか ( No.29 )
日時: 2015/07/18 12:22
名前: おちゃらけ ID:sSqO/mUY

ぽちっと追加。

やっぱさぁ、概論じゃなくってさぁ~ジャイナ経典の原典もさぁ~ちょっとチェックした方がいいんじゃないとか言われ・・・
うーん。。。とか思いつつ

和訳のある「イシバーシャーイム」から捜しました。
開けてびっくり!
いわゆる「古層」とのパラレルがわんさか~~~。
舟とか暴流とか漏とか「通インド」的な概念だったっぽい。。。


和訳は「インド学仏教学論文データベース(INDBUS)」のデータが間違っていたので捜すの苦労しますた。。。

INDBUSの著作者名「松涛誠廉」でヒットするのは「聖仙の記録」なのですが、

正しくは
×聖仙の記録→○聖仙の語録です。

「聖仙の記録」or「松涛誠廉」でヒットするのは「鈴木学術財団研究年報 通号 2」なんですが、足を使って実物を確認したところそこにはありませんでした。出版者ぜんせん違うんですが、、、

タイトルと出版者が違います。
INBUDS検索では正しいタイトルor出版者だとヒットしませんですぅ~!

掲載書の目次
http://reference.weblio.jp/details/%E6%9B%B2%E7%8E%87%E4%B8%AD%E5%BF%83/R100000002I000001080845?title=%E5%89%B5%E7%AB%8B%E5%9B%9B%E5%8D%81%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E8%AB%96%E6%96%87%E9%9B%86

上には「聖仙語録」とありますが、中身のタイトルは「の」付きです。

『聖仙の語録 ― ジャイナ教聖典 Isibhāsiyāiṃ和訳 ―』
松涛誠廉
pp.57-140
九州大学文学部 創立四十周年記念論文集

蔵書図書館リスト
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN04120688

原文
http://gretil.sub.uni-goettingen.de/gretil/2_prakrt/isibhasu.htm
↑コーパスを作られた山崎守一先生のお名前があるということはデータ提供者?


オマケなタナボタゲット

以前、お気楽に書いた「PTS edition CD」関連で出てきた荒川区のダンマカーヤ寺にまだいっていないんですが、ダンマカーヤ版PTS、ここ↓にありましたよぉお。。。

http://gretil.sub.uni-goettingen.de/

つか、ゲッティンゲン大のサイト、こんなに充実してましたっけ???

サンスク・パーリ語リンクにぜひ!

=====
PTSとビルマCSの『初転法輪経』の「苦」の数が違ってるのハケーンです。
CS版には「五苦」がなかったです。
メンテ
資料いろいろ ( No.30 )
日時: 2016/11/07 01:17
名前: おちゃらけ ID:xu8zI0wA

暦、三十一界、大劫について調べていたらヒットしたのでリンク張っておきます

資料いろいろ
http://read.84000.co/resources/

トップはチベット仏典
http://read.84000.co/
メンテ
おちゃらけさま、サンキュー ( No.31 )
日時: 2016/11/09 22:57
名前: 管理人エム ID:dkIg7PKI

おちゃらけさま

いつもながら、サンキューです。
おっしゃるとおり、『イシバーシャーイム』の検索、わたしも手こずったことを思い出しました。ちょっと忘れてしまってるけど。

> 以前、お気楽に書いた「PTS edition CD」関連で出てきた荒川区のダンマカーヤ寺にまだいっていないんですが、ダンマカーヤ版PTS、ここ↓にありましたよぉお。。。

> http://gretil.sub.uni-goettingen.de/

お、これは、いいですね。
わたしも、たまーに覗いて、ゲットさせてもらってます。

サイトのリンク集みたいのを作るといいんだけどなぁ。。

10年以上前からずっと思ってるのではあるよ。
メンテ
バウッタ・コーシャ ( No.32 )
日時: 2017/04/29 15:34
名前: おちゃらけ ID:rKxv3WaI

チェータナの話がでてきたのでこちらにお勉強ネタを投稿。

買うとそこそこのお値段がする本のデータを公開されてるふとっぱらサイト!

五位七十五法関連用語の定義的用例集(東大Bauddha Kośa研究会)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~b_kosha/html/index_75dharma.html

次の四つがあります。

・五位七十五法・百法対照索引
・五位七十五法一覧表
・五位百法一覧表
・パーリ文献五位七十五法対応語索引

パーリ・アビダンマは索引のみなんですが、アビダルマの方は見やすい一覧表から各用語に飛べて便利そうです。

=====
用語の定義を調べるときパーリ・アビダンマでは四相
特相/特徴l(lakkaṇa)、味/作用(rasa)、現起/現状(paccupaṭṭhāna)、足処/直接因(padaṭṭhāna)
ってのがついてまわります。

それがネット上で調べられる世の中~

さっそく関心があるパーリ文献の「チェータナ」をチェック
(サイト内プログラムの関係で各用語の直リンクができません。各ボタンをクリックして表示させます)

> cetanā(cetanā, 思)
> 【訳例】 意思、意図; volition, intention.

下が増支部の定義。私が覚えているのはこれです。和訳や原文の定義を確認できるのは心強いです。
この原文をコピペしてソフトとかサイトで検索するとババン!と文脈の前後がチェックできますです。はぁ~

> [2]〔和訳〕
> 托鉢修行者(比丘)達よ、意思を行為だと私は主張する。思いを向けて後、身体により、言葉により、思考により、行為をなす。
> [2]〔原文〕
> cetanāhaṃ bhikkhave kammaṃ vadāmi. cetayitvā kammaṃ karoti kāyena vācāya manasā.(Aṅguttaranikāya, III, p.415)

=====
ついでなんで、アビダルマの方も

五位七十五位法>アビダルマ・コーシャ
> 【訳例】 [日]意思 [英]volition
> 【漢訳】 思 (玄奘), 作意 (真諦) 〔参考〕 DDB
> 【チベット語訳】 sems pa (cf. Mvy no.1927)

> 【定義的用例】
> 〔和 訳〕
> 意思とは心の作動であり、思考による行為である。

> 〔原 文〕
> cetanā cittābhisaṃskāro manaskarma/
> 〔出典〕 Abhidharmakośabhāṣya of Vasubandhu ed. by Pradhan, 1967, 54, 20, Chap.II v.24a

五位百位法>(瑜伽行派文献)アビダルマ・サムッチャ
> 【訳例】 [日]意思 [英]volition
> 【漢訳】 思 (玄奘) 〔参考〕 DDB
> 【チベット語訳】 sems pa

> 【定義的用例】
> 〔和 訳〕
> 意思とは何か。心の作動であり、思考の行為である。善・不善・無記(善でも不善でもないもの)に対し心を動かすことをはたらきとする。

> 〔原 文〕
> cetanā katamā/ cittābhisaṃskāro manaskarma/ kuśalākuśalāvyākṛteṣu cittapreraṇakarmikā//
> 〔出典〕 Abhidharmasamuccaya ed. by Gokhale, 1947, 15, 37.

=====
定義なんてめったな事がないと調べませんが、ここぞという時にアクセスできるってすんばらしいです。
メンテ
バウッダコーシャ ( No.33 )
日時: 2017/04/30 14:39
名前: pocket ID:e9OyFq8w

わはーい!おちゃらけさまの法施(ダルマのプレゼント)だー♪

チベット訳が付いてるのがありがたい♪

これを見ながらチベット語をちょびちょび勉強するのも楽しそうだなあ
メンテ
『ニャーヤ・バーシュヤ』の和訳 ( No.34 )
日時: 2017/10/13 14:34
名前: おちゃらけ ID:7KIlZSF2

最近マニカナ掲示板のどこかで「ニャーヤ・バーシュヤ」の語があって「ん?」と思いました。

たまに行く遠方の図書館に行ってみて「あ、この本のことだったのね」とリンクしました。
『ニャーヤ・バーシュヤ』の和訳でした。

現段階ではチラ見でおなかいっぱいになりました。
『清浄道論』とリンクしている『解脱道論』を借りてみたのでした。

図書館の隅っこにひっそりとあった本をひっそりとした掲示板にひっそりと書誌データをアップ。

> =====
ニャーヤ・バーシュヤの論理学
宮坂宥勝 訳著、1956

書誌データ
https://ndlopac.ndl.go.jp/F/?func=find-c&amp=&amp=&amp=&amp=&amp=&amp=&ccl_term=001%20%3D%20000000957634&adjacent=N&x=0&y=0&con_lng=jpn&pds_handle=&pds_handle=

> =====
『大谷学報』に掲載された書評
底本タイトル、概要、目次などながあるので、ざっくりとした感じがつかめるかもです。

荷葉堅正、大谷学報36-4、1957
https://otani.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3392&item_no=1&page_id=13&block_id=21
メンテ
『ニヤーヤ・バーシャ』和訳 ( No.35 )
日時: 2017/10/16 06:16
名前: 管理人エム ID:Px1O36XM

おちゃらけさま

さすが、おちゃらけさま、見つけましたね。
宮坂宥勝氏の『ニヤーヤ・バーシャ』の和訳、ご紹介ありがとうございます。

これは、相当に古いものですね。

この書は、全部訳してあるのですが、かなり間違いも多くてほとんど使ったことがありません。

この他には、
第一章だけの訳ですが、中央公論社発行の
『世界の名著 1バラモン教典』の中に、「論証学入門」としておさめられています。
照和44年初版です。これも古いです。


龍樹が絡んでいることは、まだ、全く知られていない頃ですね。
なぞの書『方便心論』が影響していることが、ほのめかされる程度です。
メンテ
ガンゲーシャのタットヴァ・チンタマーニの抄訳 ( No.36 )
日時: 2017/10/19 00:35
名前: おちゃらけ ID:FUrvhUaI

私にとって「1956年=昭和31年」とは「もはや戦後ではない」というフレーズとリンクして、うるうるしちゃうのです。

パソコンなし、コピーもなし、エアコンあるわけなし、夜が暗い、経済白書は「戦後じゃない」っていってても戦争で中断されたであろうブランク後の研究・・・って想像しただけで、ひゃ~~~って感じです。


さて、管理人エム先生からレスをいただいたので、ニヤーヤつながりでもうひとつ。

まずはこちらでおさらい。
エム先生の『インド論理学関係の文献あれこれ』
http://manikana.la.coocan.jp/indianlogic/indian%20logicidx.html

前記事にあげた「バウッタ・コーシャ」を刊行した「インド学仏教学叢書編集委員会」がつい最近新刊を出したようです。こちらもチラ見してきました。

言葉の「正しさ」をめぐって : インド新論理学派による言語情報の哲学
岩崎陽一著

まだ「目次付き」の書誌データがないみたいです。
ガンゲーシャのタットヴァ・チンタマーニの抄訳と周辺の解説がメインのようです。

仏教のことはちょっと出てきますが、仏法につながりそうな話は特になさそげでした。

2015年の博論が上記委員会刊の「Bibliotheca Indologica et Buddhologica」シリーズの22巻として刊行されたっぽいです。

元プログラマーで本場インドで熱血インドスタイルの「男塾」(と形容してました)でパーニニを叩き込まれた、ってなとこがチラ見して覚えているとこです。


こちらの論文が本文の一部を構成してました。

Tattvacintāmaṇi における言葉の妥当性の根拠と確定方法
岩崎 陽一
http://hdl.handle.net/2261/36200
(要約は英文ですが、中身は日本語です)

リンクつながりでシリーズ一覧リスト
Bibliotheca Indologica et Buddhologica
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA10703055#ref

数年前だったらがんばって読んだかもしれないのですが、最近は縁起の味がしないのものはアタマをつっこむ気力がいまひとつ足りなくなってきました。

インド学っておもしろそうだなという気持ちと、でももういいかなって気持ちが半々まざったびみょーな今日この頃です。
メンテ
 道  道    考えること   ( No.37 )
日時: 2017/10/19 13:12
名前:    春間 則廣  ID:FUrvhUaI メールを送信する

> インド学っておもしろそうだなという気持ちと、でももういいかなって気持ちが半々まざったびみょーな今日この頃です。

どのようなことでも
歩く道にあり
そのようなこと で 道は ちりばめられている

見る者を 設定して 知らず その設定から 判断するから
物事は 一様に見える(設定の範疇に収まる)

「 すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり 」

「 生滅あり、迷悟あり、生仏あり 」     と  悟る
 ゆえに 「 仏道もとより豊検より跳出せる 」

どの一つ を    とっても 道にあり
その一つ が     道  です 
それ以外 を    拾えば それが 一つの道です
メンテ

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